カルチャー
『ナガサレール イエタテール』ブックレビュー

家が津波で全壊! 再建と母娘三代の大黒柱交代劇『ナガサレール イエタテール』

2013/07/06 18:00
『ナガサレール イエタテール』(太田出版)

「私自身のこれからがわからないんです」

 東日本大震災では、たくさんの人が、自分や家族の「これから」がまったくわからなくなった。これまでの生活(=ビフォー)すべてが津波で根こそぎ持ち去られて、これからの生活(=アフター)なんてまったく見えなくなった。『ナガサレール イエタテール』(太田出版)は、そんないくつものビフォーアフターが詰まったコミックエッセイだ。

 宮城県の東南端、海沿いの山元町の実家で、著者ニコ・ニコルソンの母ルソン(母ル)とプチ認知症の婆ルソン(婆ル)が2人で暮らしている。東日本大震災による津波で、母ルと婆ルは流されかけたが、奇跡的に2階に逃げることができ、九死に一生を得る。しかし、実家は全壊。その後、婆ルの認知症の進行、母ルのがん手術、抗がん剤治療、そして大工不足、資金難など数々の困難を乗り越えて家を再建する(正確には、リフォーム)までを描いている。

 最初の「アフター」は、実家を津波が襲った後だ。茶の間にどこかの車のバンパーが流れ着き、財布や通帳は浴室から発見されるという混沌状態。床は瓦礫と泥で埋まっているのに、上部に飾っていたパズルや絵などは無傷だったというのがリアルで、悲しくもおかしい。

 そんな「アフター」は、「ビフォー」でもある。自衛隊やボランティアにより、瓦礫が撤去されたことで、実家はリフォームに取りかかることができる状態になったのだ。「遠くの親戚より、近くの他人」という言葉があるが、これほどまでの大災害となると、遠くの親戚や、遠くの他人のありがたさがわかる。近くの親戚や他人は、助けようにも限界がある。同じように被災者となっているから。

 ニコの実家を片づけてくれた自衛隊やボランティアは、頼れる遠くの他人の代表だろう。しかし遠くの他人の、善意でいっぱいの励ましの言葉や手紙には、母ルは複雑な思いも抱く。「どんどん不幸な人扱いされてる気分になってきて」「毎日毎日ただ生きてるだけなんだけどなぁ」という母ルの言葉が、傍観者の胸にはズシリと重く響く。

 遠くの親戚も頼りになる。母ルと婆ルは避難所を出て、川崎の母ル妹宅で避難生活を送ることになる。しかし婆ルは、根ごと抜かれた花のように見る間にしおれてしまう。場所を植え替えても、ふるさとの土や、水や、空気がないと枯れてしまうのだ。2カ月半ほど川崎で過ごした2人は、ふるさとの仮設住宅に入る。そこで婆ルが生気を取り戻していく姿を見て、母ルは決心する。「家、建てるか」と。

 しかし、現実は厳しい。家の再建計画が進む中、母ルにがんが発見される。放射線治療を受けるために川崎に戻った母ルと婆ル。冒頭の言葉は、この時の母ルの身を切るような言葉だ。

 ふるさとに戻ることをあきらめる気持ちが強くなるニコと母ルに、婆ルは決然と宣言する。「お母さんは、生まれ育った場所に戻ります」。それを見た母ルは、家を建てることを再決心する。ニコは思う。「当たり前のことを当たり前に。当たり前の場所に」……。

 建築会社からどんな家にしたいかと希望を聞かれた母ルが、「窓の景色を変えたくない」と言ったのは、そんなわけだ。婆ルが外界とつながっていた場所、茶の間から見える景色を3.11の「ビフォー」と同じにしてあげたいと思ったから。といっても、全てを持ち去った津波のせいで、窓からの景色は「ビフォー」とは一変してしまっていた。

 実家は、婆ルが働きづめで建てたものだったという。その「ビフォー」の象徴、大黒柱も残した。でも、本当の大黒柱は母ルだろう。「神はいないので、神棚はいりません」と言い切った母ル。大震災に次ぐ幾多の困難を乗り越えた母ルは、神を超えた。

 そして震災から2回目のクリスマスに、完成した家の鍵が引き渡される。婆ルは、再び生きる場所を得た。ニコも母ルを支え、時には母ルを引っ張れるほどに成長していた。見事な「アフター」だ。ニコが東京で生活し、2人は山元町で暮らす。「ビフォー」の日常が戻ったかのように、物語は終わる。

 が、それで終わらないのが人生だ。現実の「アフター」はこうだ。婆ルの認知症は進行しているし、母ルにも介護疲れが見える。再発の不安もあるだろう。やがて、婆ルはもっと老いる。いつかはいなくなる。入れ替わるように、母ルが老いる。東京で仕事をするニコが、今度はふるさとの母ルの老いにどう対処するかで悩むようになるだろう。それもそんなに遠い日のことではない。

 人生の「アフター」は、終わりじゃない。途中経過だ。でも。母ルが大黒柱になったように、ニコもそうなるはずだ。人間はずっと昔から、そうやってビフォーアフターを繰り返してきたのだから。この本を読んでいる私たちにも、たくさんのビフォーアフターがある。

 最後に、まだアフターの渦中にいる被災者の方のご多幸をお祈りしたい。もちろん、不幸だと決めつけているわけでは、ない。

最終更新:2013/07/07 00:39
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