ブックレビュー

『うちの母ちゃんすごいぞ』は母親賛美に見える、21世紀の子育て指南本だ!

2010/11/08 11:45
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『うちの母ちゃんすごいぞ』(新書館)

 母なる太陽、母なる大地、母なる海……生命の源を司るものにのみ与えられる”母”という称号。胎内での濃密な”同居”を経験するためか、おぎゃーとこの世に産まれてからも”母なるもの”の支配からはなかなか逃れられない私たち。子どもはやっぱりお母さんが大好きだ。武田鉄矢がバラードを歌っちゃうくらい好きなのだ。

 それでは母親はどうなのだろう? 無条件で子どもを慈しむことを宿命とされる母。ユングはそれを太母(グレートマザー)と表現し、人類が普遍的に持っている母性の象徴であるとした。母性イメージを巧みに利用しているママタレたちを除けば、最初からそんなにハードルを上げられて「ユングちょっと言い過ぎ」ってとこだろう。

 しかし本書には、ユングの理論を謀らずも実証したような母が登場している。『うちの母ちゃんすごいぞ』(新書館)。作者クズ子がニート生活から社会復帰する話を軸に描かれる家族の再生。しかしそこにあるのは鬱々とした現実ではなく、拍子抜けするほどに明るい日常だ。借金まみれの父親に、ニートで精神病で自傷行為を繰り返す作者、不登校の妹と家に寄りつかない兄がそろい踏みするこの家族。

 専業主婦だった母ちゃんは、借金取りから子どもたちを守るために離婚を決意、その頃からグレートマザーの階段を駆け上がっていく。家計を助けるために始めたパートから、あれよあれよという間に出世。クズ子曰く「どっかのテレビ局が取材に来てもおかしくないんじゃね?と思うばかりのトントン出世」である。母ちゃんのとある一日のスケジュールはまさに殺人的。

朝5時起床 家族のための朝食と昼食作り
昼休み 一時帰宅してクズ子と不登校の妹と昼食を食べる
夜9時帰宅 家事および夕食作り
その後勉強、深夜就寝

 不眠に悩まされる妹の通院や、社内での人間関係のゴタゴタを解決するために自ら開設した”24時間電話相談”などで、実質ほとんど寝る暇はなかったという。そして「鶏ガラみたい」に痩せていく母ちゃんを見て「大変だなぁって思いしかなかった」クズ子。健全な読者なら「お前ニートしてる場合じゃねぇだろ」とツッコミの一つも入れたくなるところだが(実際にクズ子も自分に対してツッコんでいる)、母ちゃんは「お前が頑張って”社会へ戻る勉強”が出来るように、母ちゃん頑張らなきゃいけないから、こんな事でへこたれてられない」と、なおも資格取得のために深夜勉強を続ける。


 これは子どもにとって逆に重荷ではなかろうか。家族のために文字通り身を粉にして働く母親と不甲斐ない子のコントラストは、あまりにも強烈だ。しかし母ちゃんがグレートマザーたる所以はここから。働かないクズ子のことも、学校に行かない妹のことも、さらには家族崩壊の原因を作った父親のことさえも、一言も責めることなく、また強制することもなく、ただひたすら大きな愛で包み込む。「お前たちはただ生きて、ご飯食べて、うんこしてくれていれば、それだけで自慢できるよ」と。神様の前に人は無力なように、ここまでやられたらもう黙って頷くしかない。

 それが証拠に、クズ子が書く文章はひたすら愛だけを注がれた人間が持つ特有の自己肯定に満ちている。こういう人は他人を心底嫌うことができないから、人から心底嫌われることもない。自分が受けた愛を誰かに注ぎたくて仕方ないのである。妹にかわいい遠足用バッグを買ってあげた時、知り合いの小学生にクッキーの作り方を教えてあげた時、バイトのすし屋で後輩をかばった時、「仕方なく」「本心じゃない」と言い訳しながら「悪い気はしない」クズ子。母ちゃんは戸塚ヨットスクールとは真逆の方法で、バラバラだった家族を一つにしていく。そしていつしかクズ子も「母ちゃん凄いなーという気持ちから、母ちゃんみたいになりたいなー」と思うようになる。

 元々は2ちゃんねるの書き込みから生まれたこの作品。美談でも感動秘話でもないけれど読後に胸をくすぐるのは、母ちゃんへの憧憬に他ならない。いつか子どもを持ち、その子どもが難しい年齢に差し掛かった時、私たちは母ちゃんみたいに対処することが出来るだろうか。どちらかと言えばクズ子よりの私たちは、我慢強い昭和の母親に手とり足とりの愛情をかけられてきた世代だ。そして私たちが育てなければならないのは、自己愛が強すぎる21世紀の子どもたち。ただ、自己へと向けられた愛が、他者から注がれた愛により、外へ向けられる道筋がこの本では描かれている。これから子育てをするだろう世代は、「クズ子」側ではなく、「母ちゃん」側からこの本を読んだ方が、覚悟とヒントを得られるのかもしれない。
(西澤千央)

『うちの母ちゃんすごいぞ


父親の借金が発覚して長女のクズ子は自殺未遂、妹は不登校、そんな「葬式みたいな」毎日の中、家計を支えるためにひとり働きに出た母ちゃん。そして働く。どんどん働く。寝る間も惜しんで人の30倍働いて、パートから部長へあっという間に昇進する。その姿を間近で見ていたニートの私。何をすればいいのかわからないけど、心がざわめいた――。笑ってじんと来る、ニート卒業日記。

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最終更新:2011/03/13 22:37