「DVDを販売中止にしろ」脅迫状の犯人は熱狂的アイドルファン
嫉妬、恨み、欲望、恐怖。探偵事務所を訪れる人間の多くがその感情に突き動かされているという。多くの依頼を受けてきたべテラン探偵の鈴野氏が、「現代人の暗部」を語る。
探偵が架空の職業のように思っている人がいる。めったに人前に現れない。そして秘密裏に仕事が行われる。職業を人前で名乗る者も少ない。それも当たり前だ。探偵という職業の絶対数が日本では少ないからだ。海外だと探偵は、弁護士のように何かを調査したり、警察のように捜査したりする権利を持っているが、日本の探偵は持っていない。だから事件を解決したり、犯人を捕まえたりはできない。ドラマでは海外と日本の事情が混ざっているが、あれはフィクションであって現実ではない。それに最近は、個人情報保護が厳しくなったので、迂闊なこともできない。いやはや探偵稼業もやりにくい世の中になったものだ。
そんな折、ある依頼がやって来た。依頼者は私の古くからの釣り仲間のD氏だ。
「うちに脅迫状が舞い込んだんです」
脅迫状? そんな事件性のあるものは探偵には扱えない。しかし、D氏は言う。
「子どものC子や妻の写真まで同封されている。警察では、事件になっていない以上、何もできないと言われてしまった」
八方塞がりになってしまったD氏は、かねてからの顔見知りである私に依頼に来たというわけだ。脅迫状には、今発売されている夏フェスのDVDを店頭から一掃し販売中止にしろ、との要求が書かれていた。実はD氏はたくさんのヒットソングを手がけている作詞家なのだ。しかし、D氏の一存で販売が中止できるほど、音楽業界は容易ではない。
困り果てたD氏の依頼で、私はC子の学校周辺での張り込みを開始した。狙われているのが妻子だとしたら、犯人はきっとまた現れるに違いない。張り込みを開始して3日目。子どもの下校時間になって怪しい男が現れた。小学校の校門から約10mほどのところに、一眼レフを持った青いダウンジャケットを着た男が現れたのだ。ひと目でユニクロのウルトラライトダウンとわかる。普通の格好をしているつもりでも、下のジーンズも青だ。全身青ずくめのスタイルは、逆に悪目立ちしていた。慣れないことをしていると服装にまで気が回らなくなるタイプがいる。この男はそのタイプらしい。
C子の下校姿を連写しているのを背後から確認。目的を果たした男の所在を突き止めるため、尾行を開始した。男は、まさか自分が付けられているとは思ってもいないようだ。私鉄沿線を乗り継ぐこと約30分。急行の停まる小さな駅で男は下車した。着いたところは住宅街にある鉄筋の2階建てアパート。男が部屋に入るのを確認し、その日は現場を後にした。翌日から私は男の周辺を聞きこみに動いた。どうやら男は派遣社員だったようだが、現在は無職。そして、あるアイドルグループの熱狂的なファンらしい。そのアイドルがテレビに出る時間に、アパートに住む子どもが泣いたりすると大声で怒鳴りこみに来るのだそうだ。これで、点と線がつながった。
「発売中止にしろ」といってきたDVDには、そのアイドルが出演していたのだ。脅迫していた人物が特定できた。熱狂的アイドルオタクの情報をD氏に報告して、今回の任務は完了。ここから先は日本の探偵の仕事ではない。
後から聞いた話によると、その男はアイドルグループの黄色い服を着たメンバー・W子の大ファンだったそうだ。そして「W子にあんなキワドイ歌詞を歌わせるなんて許せない! 汚されてしまう!!」というのが、脅迫の理由だったという。その夏フェスだけでしか歌われないオリジナルソングを、特別に作ってあげたD氏はトバッチリだったとしか言えない。それにしても、探偵社に舞い込む依頼はいつも愛憎や人間の妄想に満ちている。たまにはあっさりした依頼もあってもよかろう。しかしそれは、ないものねだりというものかもしれない。
(カシハラ@姐御)
■協力:オフィスコロッサス