[連載]悪女の履歴書

女4人組の女帝と下僕――死刑囚・吉田純子が構築した異常な主従関係

2013/01/27 16:00
Photo by glenmcbethlaw from Flickr

 世間を戦慄させた殺人事件の犯人は女だった――。日々を平凡に暮らす姿からは想像できない、ひとりの女による犯行。彼女たちを人を殺めるに駆り立てたものは何か。自己愛、嫉妬、劣等感――女の心を呪縛する闇をあぶり出す。

[第9回]
福岡4人組保険金連続殺害事件

 社会を騒がせる重大事件の中には、往々にして類似点が指摘されるものがある。比較的最近では尼崎連続不審死事件の角田美代子、北九州連続殺人事件の松永太、そして今回取り上げる久留米の看護婦4人組による連続保険金殺人の主犯・吉田純子である。これらに共通するのが、主犯による従犯への恐怖や暴力による“洗脳”と”支配”だ。

 平成14年8月、中年女性が伯父に伴われ久留米署に出頭した。ベテラン看護婦の石井ヒト美(当時45歳)だった。ヒト美は警察で夫の殺害を告白する。そこから明らかになったのは、夫殺害はヒト美だけでなく看護婦仲間3人が関わっていたこと、また殺害されたのはヒト美の夫だけでなく共犯看護婦の別の夫も殺害されたこと、2件はいずれも保険金目的の殺害だったという驚くべきものだった。これが世に言う「看護婦4人組連続保険金殺害事件」だ。

 この事件の特異性は、男性2人を殺害したのが女4人組であり、いずれも看護婦という人の命を救うはずの職業にあったことだ。だがそれ以上に世間を驚かせたのが、4人の異常な主従関係だった。その頂点に君臨していたのが吉田純子(当時44歳)である。2件の犯行は純子が主導しており、共犯のヒト美、池上和子そして堤美由紀を完全な支配下においていた。

 その支配は彼女たちの弱みに付け入り、巧みな嘘と脅迫、時には実際の暴力を伴ったものだった。さらにその支配には“レズ行為”が含まれていたことも世間の注目を浴びることになる。3人は純子を“吉田様”と呼び、まるで召使、下僕のような関係だったという。


■高校2年でついた、金目当ての嘘

 純子は昭和34年福岡県柳川市に生まれた。両親と弟の4人家族。父親は自衛隊を除隊し、自動車修理工になるが、生活は苦しく母親も内職をする貧困家庭だった。母親は弟ばかりをかわいがり、純子を軽んじたそうだ。そして、こうした犯罪で共通することでもあるが、幼少期から貧困へのコンプレックス、金への執着、虚言、見栄っぱりな少女であったという。この小中時代の同級生に、後に純子の一番の子分となりレズ関係となる堤美由紀がいた。しかし、当時2人はそれほど親しい間柄ではなかった。

 高校の看護科に進んだ純子だったが、高校2年の時「友人の妊娠中絶費カンパ」という嘘の名目で級友たちから金を騙し取ることに成功する。さらに翌年も、同様の手口でカンパを集めたが、さすがに2度目は嘘が発覚し停学処分、転校を余儀なくされた。この一件で純子は正看護婦ではなく准看護婦の資格しかとれなかったのだが、2度目が発覚した際も特に反省の態度は見られなかったという。その後、一度は就職したものの再び看護専門学校に進み正看護婦となった。22歳で7つ年上の自衛官と結婚、3人の子どもをもうけた。だが結婚直後から夫婦仲は冷え切っていたという。

■一人目の被支配者・美由紀――実態のない「先生」

 平成元年、久留米に住んでいた純子は8年ぶりに美由紀と連絡を取り、急速に親しくなっていく。美由紀もまた看護婦となっていたが、独身だった。純子は次第に美由紀に異常な執着を示していく。アパートにも足しげく通うだけでなく、自ら望んで美由紀の勤める病院に転勤するようになったのだ。当時美由紀は不倫をしていて、別離を望んでいたが、純子はそこにつけ入った。


「私のバックには政界や警察にも顔が利く“先生”がいる。その先生が全部始末してくれる」

 不倫を清算してくれるという純子の申し出を美由紀は当然受け入れた。純子によれば“先生”は配下の人間が沢山いる大物で、影響力も強くかつ怖い存在でもあるという。だが、実際にはそんな“先生”は存在しない。純子のデッチ上げた架空の人物だったが、どんな偶然か不倫相手は美由紀の前から姿を消した。美由紀は“先生”を信じ、同時に純子をも信じた。その後も純子は何かにつけ“先生”を持ち出し、美由紀を心身ともに縛っていくことになる。

 その後、純子は自分との同居を熱心に勧めるようになる。「(トラブルはまだ続いているから)先生がうちに避難するよう言いよる。暴力団を使ってソープで働かせて東南アジアへ売り飛ばす計画らしか」。美由紀の恐怖心を煽る純子。平成3年、美由紀はついに同居を決意する。純子は当時、夫と子ども3人で高級マンションに住んでいたが、美由紀はここで純子の家族と共に住むことになる。

 同居して1年、不自然な同居に夫が家を出たが、同時に純子は美由紀に対し執拗に肉体関係を迫るようになった。最初は抵抗した美由紀だったが、純子は時に罵倒し、時には優しく口説き、それでも拒否されると今度も“先生”を持ち出した。

「先生が『美由紀は何度も中絶して子どもが産めん。だから(純子と)関係を持たないけん』とおっしゃるとよ」

そうして2人は関係を持つようになる。だがその行為は、美由紀が一方的に純子に“奉仕”させられる形だった。本来美由紀は同性愛者ではない。よってその苦痛を紛らわすため、行為の前に酒や薬を使用もした。それでも耐えられずに何度か逃走も図っている。その度純子に見つかり連れ戻された。「先生に頼めばあんたの居場所なんてすぐにわかる」と脅された美由紀は、言いなりになるしかなかった。こうして純子の性欲処理に加え、3人の子どもの世話や家事も美由紀の役割となっていった。ある時純子は「(美由紀との間に)子どもができた」という嘘をついたことがあった。だが美由紀は、こんな純子のあり得ない嘘さえ信じるようになっていた。

 その間純子は、美由紀から金を巻き上げ、給与や通帳の管理をするようになる。美由紀の母からも「美由紀が交通事故を起こした」と550万円を奪った。さらに義兄によるクレジットカード窃盗をデッチあげ、美由紀を親兄弟から分断していった。純子による支配、洗脳はこうして磐石なものとなっていくのだ。

後編につづく

最終更新:2021/03/09 15:12
『平気でうそをつく人たち 虚偽と邪悪の心理学』
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