美魔女になりたくない「Domani」、最優先は“仕事ができる女”感
先月号の「Domani」(小学館)のレビューで、読者モデルによる座談会連載において40代への漠然とした不安がトピックに挙がり、「もう、自分たちが家庭をもっても仕事を続ける先駆者になるしかない」とロールモデル宣言ともいうべき発言が出たことをお伝えしました。それを受けてか、今月号の「Domani」の特集は、30代女性に向けた新たな提案「2013年は“まあるい女”でいこう!」。2012年も「まちゃあきパンツ」「ハブ女」「地味美人」など新語を生み出してはまったく根付かなかった「Domani」だけに不安を感じるのですが、2013年こそは大丈夫??
<トピック>
◎まあるい服に、バッグと靴だけは、とんがっていこう!
◎男だらけの“オンナの下着”覆面座談会
◎新連載 堂本剛の“上から目線”“下から目線”
■苦労自慢を聞かされすぎて、美魔女にうんざり
「Domani」がいうところの「まあるい女」とは、一体どんな女性なのでしょうか。有名人・文化人の回答を見てみると、
「今の30代は頑張ることを強いられている。でも、もっと自分を許してあげて。体をゆるめると、いろんな可能性が見えてくるの。ゆるむこと、許すことは、女性の特技なんです。それが丸くなることだと思うわ」(作家・エッセイストの光野桃氏)
「概して、まあるい人の言葉はゆったり聞こえる。目も丸みを帯びている。まあるい=円満ってことなんだよね」(作家・志茂田景樹氏)
など、精神的余裕を持つことを提言してます。一方「Domani」自体は、身体的な部分もフォロー。
「35歳のまあるいボディには若いころには着こなせなかったシンプルな白シャツが、しっくりなじむ。(略)35歳、自分の体を知り尽くしているからこそ、さあ、今こそありのままの自分を肯定するとき。まあるい体は、愛すべき自分の新キャラクター!」
ページの端々から漂ってくるのは、ストイックに若さにしがみつこうとする“美魔女”ブームへのアンチテーゼ。一見すると「若い子にはない、この三段腹。酸いも甘いもため込んだこのおなかは、若い子にはないでしょ! ね、たまにはアタシみたいなおばちゃんもいいでしょ??」と、赤羽あたりのスナックで夜な夜な交わされているママと常連客の会話みたいな自己肯定の強さですが、加齢という抗いようがない事象を前に、女性として決断が問われるわけです。上を見れば40代が「仕事も家庭も現役感も手に入れた」と“苦労自慢”しながら若さを保持する厳しい毎日のせいで息も絶え絶えになっていて、下を見れば「若さに価値がある」ことを熟知している20代が横柄な態度で立ち振る舞っている。そうなると30代は……自己肯定に走る。これこそが、誰も傷つけず、誰にも媚びない、潔い態度なのかもしれません。
■何割かは「自称・仕事ができる女」
ファッションも「まあるい女」を推す「Domani」。「丸首ベーシックニット×スティックパンツ×大門サングラス」「モヘアニット×スキニーブラックデニム」などのコーディネートが続いたかと思うと、「台形ミニスカート×ドレスシャツで“愛嬌”力を」「タイトスカート×レザーブルゾンで“余裕”力を」など、「まあるいファッション」がイマイチわかっていない我々に、新たな課題を与えてきます。え、我々読者は一度でも「“愛嬌”力」がほしいなんて言ったっけ?
そんなファッションページで気になったのは、「まあるい服に、バッグと靴だけはとんがっていこう!」という企画です。キャッチには「どんなときも“仕事ができる”感だけは、ゆずれないから『まあるい服には、とんがり小物』が、働く女としての流儀というものです!」とあります。そうなんです、「Domani」命題は「仕事ができるいい女」感を出すこと。ここに美魔女とは違った、「仕事を続けてきた、仕事で認めてもらってきた」という大きな自負が出ていると思うんです。実際にどのぐらいの人が正規雇用として続けてきたのか、実際に仕事ができるかなんてのは聞くだけ無粋。本人が「仕事をしてきた」というなら、そうなんでしょう。そうです、ここでも自己肯定! ポスト美魔女は、「仕事ができる女」なので、女性誌編集者のみなさん、座りのいい言葉を考えましょう。ガッポガッポ儲けるチャンスですよ!
■やわらかさに妄想抱きすぎでしょ!
女性自身の自己肯定はいいとして、「まあるい女」に対する男性の声はどうかというと、今月号の「男だらけの“オンナの下着”覆面座談会」では下着のみならず、女性のカラダについて非常に厳しいご意見が載っています。
まずは下着について「フリフリだったり、花とかリボンが付いていると正直イヤ! 胸元の真ん中にリボンとか、申し訳ないけど年齢を考えて、と思っちゃう」と軽いジャブ。言動やファッションだけじゃなく、下着も「年相応」を迫られています。次第に話は女性のカラダに移り、「30代後半って、だんだんやせづらくなってくるでしょ? 運動している人としていない人の差が歴然としてくる年齢なんだよね」という人がいれば、「そこまで気を使いすぎている人って疲れません? 一緒にいて肩が凝るというか、癒やされない」「ふくよかさに優しさとか女の歴史を感じるんですよね。そういう人って『この人とデートしたら、若い子と違って自分のイヤなことは絶対しないんだろうな』とか『俺のしてほしいこと、なんでも理解してくれるだろうな』とか大人の余裕を感じます」と、びっくりするようなキラキラドリームを語る人まで。女性は男性のぽっこりおなかを前に、「私のしてほしいこと全部叶えてくれるだろうな」と夢見たことは一度たりともありません!
総じて見ると、結局男女の隔たりは深いということを再認識するだけのページになっていました。「まあるい女」が好きというより自分が楽をしたいという男性か、結局加齢を許さない男性だけ。どんなに女性側が自己肯定したところで、それを受け止めてくれる男性はほぼいないようです……。
「まあるい女」に気を取られてばかりいましたが、今月号からSHAMANIPPONの王・堂本剛と、アルファベットを捨てた男・井浦新の連載が始まりました。堂本は自分ルールで生きていくことをテーマに「僕が自由にできる敷地を与えてもらい、その中で自分のルールで城を建てるような感じ。正直、敷地は狭いとは感じていますが」とオリジナリティあふれる言葉で彼の価値観を語っています。井浦は、円空仏に対する熱い思いを語る語る。適当な恋愛コラムやお悩み相談で世間に迎合することもできるはずのなのに、頑なに己が道を行っています。ある意味自己肯定の強いおニ人。2013年、「Domani」は「まあるい女」推しというより、「自己肯定」推しにハンドルを切ったようです。
(小島かほり)