ワーキングマザーのバイブル「bizmom」、精神的“ハレ”を求め続ける罪
「たまごクラブ」「ひよこクラブ」でおなじみのベネッセコーポレーションによる季刊誌「bizmom(ビズマム)」が女性誌レビューに初登場です。こちらは“たまひよ”とは一味異なり、「働くママの応援マガジン」だそうです。今号の表紙には、どーんと「あの人が、超忙しいのに笑顔なのはなぜ?」「Happy Workingmother Bible」と書いてあります。そうですよね、出産しても仕事を辞めたくない・辞められない女性が多いのですから、ぜひ笑顔になるコツを教えてほしいものです。しかも今号の特集「完璧なんて求めない! 働く母がラクになる両立術」とあるじゃないですか。期待してますよ~!!
<トピック>
◎完璧なんて求めない! 「働く母がラクになる両立術」
◎思い通りにならない5つの壁のかわし方
◎「時間貯金」なら、まとまった自分の時間が作れますよ!
■“ぴょん”という擬音語を使うほど、平和な場面じゃない!
雑誌全体を眺めてみると、今号は「職場と仕事」「マネー」「保育園」「家庭」の4ブロックに分かれています。トップバッターは「職場と仕事」。ワーキングマザーの座談会、読者の1日を追うモデルケースページに続いては「思い通りにならない5つの壁のかわし方」というページ。「bizmom」は0~2歳児の母を対象にしているため、読者のほとんどは時短ワーク。その中でできる仕事をこなすのが前提ですが、やはり会社の制度や理解には限界があり、問題をどう解消するのかがママたちの最大の関心事です。このページでは、お笑い芸人のくわばたりえや、仕事術の著作を持つ能町光香さんら4人の“達人”が読者の悩みに答えてくれるんですが、そこはやっぱりトンチでおなじみの「ひよこクラブ」の姉妹誌。答えが的を射ているような、射ていないような……。
「“ぴょん”とふってくる突発的な仕事」をどうするかという相談に対し、「『いつまでに必要か』をまず聞く」「どうしてもできないと伝える時や仕事の期限をのばす相談をする時、『いつもありがとう』とクッキーを渡したりしながら『働くママをこれからも支えて』とよいしょ作戦はどないでしょうか」と答える達人たち。期限はもちろん聞きますけど、突発的な仕事が極力出てこないような環境づくりをどう周りに協力してもらえるか、対処法を聞きたいんです!! 「クッキーを買いに行く暇あったら、仕事しろよ~」と裏で言われる可能性があるということも知ってください……。かと思えば、「『時短』でも減らない仕事量」という悩みには、「ミス削減や確認の仕組みを作って仕事量削減」といきなりハードルを上げてきます。達人たちのギアチェンジのツボがまったく不明です。
『女性の品格』(PHP研究所)の著者・坂東眞理子氏のインタビュー「頼ることで乗り切った坂東流両立法」では、もっと具体的な仕事と育児の両立法の話が出てくるかと思いきや、こちらも期待はずれ。坂東氏が総理府に入省したのが1969年ですから、今よりずっとワーキングマザーへのサポート体制も不十分で、風当たりも強かったはず。それをどう乗り切ったかが知りたいのに、「親の反対を押し切って東京に出て来たというのに(実家の)富山から両親に来てもらい、子どもの世話を頼んだことも」「横浜の姉の家の近くに越してから、セーフティーネットが充実して、両立生活がグッと楽になりましたね」とのこと。ぼんやりにもほどがあるぜ……。
、しかし筆者はこのインタビューで肝心要のところを見逃しませんでした。仕事を辞めたいと思ったことはないかを聞かれた坂東氏の答え。「でも就職難の時代だったので採用してもらっただけでもラッキー。資格もないので一度辞めたらおしまいと思ってましたから…」。この図太さ、これが両立の秘訣ですよ!
■私たちは、ベッキーにはなれません!
続いて「マネー」編を見てみると、読者の年収・世帯年収などのデータを紹介した後、消費税増税、新・児童手当などを細かく紹介し、世帯別想定ケースまで紹介して「もっと稼がねば!」と思わされる人が多いでしょう。が、次からは「これだけ変わる給与大公開」と産休前、産休中、産休後の読者の給料明細がドーン! みなさん時短ワークなどで約10万円手取りがダウンしているという現実を見せつけられます。しかしその後も「bizmom」はイヤというほど現実を見せつけます。死亡保険、車の購入・維持費、住宅ローン、教育費などのトピックを絡めた家計診断ページに移り、手元にはお金があるはずなのに、「将来取られゆくお金をこれほど!」とどんどん追いつめる。闇金の取り立てより怖いのは「bizmom」だった!
「保育園」編では、「保活スケジュール」(ゴールはもちろん希望の保育園)を読者に再確認させたり、見学や面談後にお礼の手紙を書いたという読者に「希望園に入るための明確な方法がない今、どう頭ひとつ抜きんでるか意識するのがコツ」という恐ろしい一言を言わせたりと、婚活より必死な女性たちの形相が見て取れます。ここで今一度確認しておきますが、今号の表紙には「あの人が、超忙しいのに笑顔なのはなぜ?」という文言があったはず、あったはずなんですが、まだ誰ひとり笑顔になれていません!
「家庭」編では、よりおかしな方向に。ワーキングマザーだって自分の時間が欲しい、という人に向けて放たれたのが「『時間貯金』なら、まとまった自分の時間が作れますよ!」という企画。「時間貯金」は考え方として「先に、先に用事をすませていくことで時間を積み立てていく」「まとまった楽しみのためには、何かを我慢したり、がんばりタイムをつくる」とあります。いや、ワーキングマザーは日々頑張って、我慢しても時間が足りずに睡眠時間を削っているんだと思いますが……。で、具体例として挙がったのは「休日は昼間からお風呂に入れ、たっぷり遊ぶ→疲れてグッスリお昼寝してくれる」というあまりの力技になかなか連発できなそうなモノと、「次の日に着ていく服を夜のうちに決めておく→朝、ゆっくりお化粧する時間ができる」というささやかなモノでした。
どうですか、みなさん。今号を読んで笑顔になれましたか? 筆者が見る限り「働く母がラクになる両立術」として実用性がありそうなのは「今すぐおうちがすっきりするアイデア集」と「フライパン・炊飯器・市販のタレで超時短ラクちん料理」というレシピ集だけで、あとは妙に読者が追いつめられそうな内容だった気がします。
そもそも「あの人が、超忙しいのに笑顔なのはなぜ?」と、女性誌特有の「素敵な毎日を送る私」押しが鼻につきます。「bizmom」が、ワーキングマザーはいつも時間に追われ、肩身の狭い思いをし、疲れた表情をしている……というイメージを払拭したいのはわかります。そして実際のワーキングマザーもそう思っているのでしょう。でも、出産前は輝いていましたか? 毎日笑顔でしたか? それこそ、独身女性向けの女性誌が「輝く私!」押しをしたところで、実際の独身女性は会社からコンビニ経由で帰宅し、ちっちゃなテーブルでご飯たべて、『アメトーーク』(テレビ朝日系)でも見ながら耳掃除し、ボーっとしてたらいつのまにか午前1時で、嫌々メイク落として寝る、という生活をしてるじゃないですか! それを夫と子どもという「他人」を気に掛けながら生活しているワーキングマザーが笑顔なんて、ないない。今日び、毎日笑顔で過ごせているなんて日本中どこ探してもベッキー以外いないですよ。
もちろん、笑顔で毎日を過ごせるなら素敵なことですが、誰にとっても「日常」は普通で、しんどくて、疲れるもの……ということを認めた方が、ずっと楽になれるんですよね。日本人の世界観を表す概念に「ハレとケ」があります。ハレは祭りや儀礼などの非日常、ケは日常を表し、その落差があるからハレはより楽しく、ケはハレの踏み切り板として機能しているのです。ただ、女性誌的な世界観は毎日が「ハレ」状態。殊に「bizmom」は精神的な「ハレ」を推奨しつつ、中身は「ケ」のオンパレード。この矛盾が読者の心に大きな傷跡を残していくんだと思います。そしてビックリしたのは今号の「働く母がラクになる両立術」という大きなテーマに、「夫」のトピックがほぼ皆無だったこと。夫は「ケ」じゃないのか、「bizmom」にとって「夫」はどんな存在なんでしょうか。
巻末には今号に登場した人による、おススメの本が紹介されています。みなさんほとんど、“女性の生き方”や“セルフコントロール術”をテーマにした本を推薦している中、道端カレンのおススメは『タロットワークブック あなたの運命を変える12の方法』(朝日新聞出版)。「スピリチュアルな世界で気分転換を」という彼女の天真爛漫さに、筆者は「bizmom」を読んで初めて笑顔になりましたよ!
(小島かほり)