サイゾーウーマンコラム「犯罪の影に男あり」の時代 コラム [連載]悪女の履歴書 「婚期を逃したハイミス」の時代に生きた、伊藤素子の「犯罪の影に男あり」 2012/09/24 21:00 悪女の履歴書 Photo by euke_1974 from Flickr (前編はこちら) ■「30歳を過ぎ、貯金も尽きた女には後がない」 犯行当日の3月25日。出社した伊藤はオンラインを操作し、事前に開設しておいた4つの架空口座に計1億8,000万円を入金した。時間にして30分もかからなかった。銀行を出て大阪、東京と移動し、5,000万円の現金を引き出した。そして羽田空港から香港を経由して、マニラへと逃亡。1カ月後に必ずマニラに行く、という南との約束を胸に。 この間、南は直接自らの手を汚してはいない。事前に架空口座を作る際も、伊藤に手続きをさせ、自分は通帳に指紋を残さないようにした。犯行当日も、最初の約束の時間に現れなかった南。その理由は自分のアリバイ工作のためだった。伊藤が1人で銀行を回っていた頃、知り合いに頼んだり、代議士に面会したりしてアリバイ作りをしていたのだ。その後伊藤と合流し5,000万円を手にした南は、そのうちの一割にあたる500万円だけを伊藤に渡した。また羽田空港への同行まで拒否している。「一緒に行ったら目立つから」という理由だった。自分だけ逃げられればいい。その証拠に約束の1カ月を過ぎても南はフィリピンに行くことはなかった。 6カ月の9月8日、伊藤素子はマニラで、南は日本で拘束された。既に南に裏切られたことを知っている伊藤だったが、マニラで、マスコミの取材に対し「好きな人のためにやりました」と答えたのだ。 この事件で浮かび上がってくるのは、男の卑劣さと同時に、時代の価値観に翻弄された1人の女性の姿だろう。 厳格な両親に育てられ、オクテで真面目な少女時代。気が進まない銀行への就職も「教師の善意を断れない」と流されるまま。そして、20歳から12年間のドロ沼のような不倫は、「処女を捧げてしまったからには、この男に捨てられたら今後結婚なんて望めない」という論理が伊藤を支配した。南のケースも同様だ。「貯金がゼロになってしまった。そんな30歳も過ぎた女が今の男に捨てられたら後がない」――。伊藤は本気でそう思った。そして“最後”と信じた男に言われるまま、犯罪行為に走った。それが彼女の生きた時代と境遇だった。しかし伊藤の価値観はなにも特異なものではない。当時の報道からもそれは窺い知れる。 「ハイミス」「行き遅れ」「婚期を逸した女」。特にハイミスの使用度は驚くほど高い。「女性の犯罪はハイミスが多い」「ハイミスの欲求不満」――。 伊藤の義兄も雑誌の取材に応え、こんなコメントを残している。 「婚期が遅れた女性のあさはかさをつくづく感じました」「女の虚栄心から、結局は抜き差しならなぬ犯罪の泥沼に落ち込んでしまった」。 法廷での論告求刑でも然り。「婚期を逸し平凡な生活に嫌気がさし、マンネリからくる職場に対する不満があった」。 これが当時の30歳を過ぎた未婚女性を取り巻く世情である。昭和57年7月27日、伊藤素子は懲役2年6月の判決を言い渡された。一方主犯とされた南は懲役5年というものだった。 2年後の昭和59年8月、伊藤は模範囚として仮出所し、1990年には事件のことを承知しているというサラリーマンと結婚したという。 「犯罪の影に男あり」 当時この事件を語る際に必ず使われた文言だ。あれから30年以上がたつ。当時の伊藤と同様の“ハイミス”(未婚女性)は、現在35%以上。ハイミスという言葉も死語になって久しい。また犯罪構造も変化していった。特に詐欺や横領事件において、女に貢ぐために男が犯罪に走るという逆転現象が起こっている。アニータを巡る14億5,000万円巨額横領事件、キャバ嬢に貢ぐため6億円を横領した男――。「犯罪の影に女性あり」だ。こうして伊藤の詐欺事件を振り返れば、時代の変遷を感じられずにはいられない。 伊藤の手記『愛の罪をつぐないます』(二見書房)にこんな記述があった。 <私は、川を流れる枝木でした><うねりの中に巻き込まれ、流れていったのです><私は、意志も感情もない、薄汚れた人形のようになって、流されていったのです> (取材・文/神林広恵) 最終更新:2019/05/21 20:01 Amazon 『女子と出産』 現代では出産という呪縛に変わりました 関連記事 “セックス”の意味に揺さぶりをかける、木嶋佳苗の男と金の価値観木嶋佳苗の巨大な欲望の前に打ち砕かれた、男たちの“儚い夢”ブランド信仰女が陥ったDV生活の果て...... 殺人者となった渋谷"セレブ妻"過剰な自己憐憫と独占欲......バラバラ殺人に向かった "女帝"のほころび死刑という“現実”を凌駕した女……裁かれたのは木嶋佳苗の人格か 次の記事 違約金のノルマが甚大? 酒井法子 >