『はるまき日記』刊行記念インタビュー(後編)

「子育て」を前に結束力を高めるべき! 当たり前すぎて忘れがちな夫婦の関係

2012/08/01 11:45
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『はるまき日記』(文藝春秋)

(前編はこちら)

――今は育児に関する情報が多く、例えば育児雑誌のQ&Aを見ても、お母さん方が過剰な不安に襲われているように見受けられます。瀧波さんはどのような基準で、情報の取捨選択をしていますか?

瀧波ユカリ氏(以下、瀧波) うちの場合は、夫と話し合って決めています。子どもが熱を出して病院に連れていくか迷う時、本やネットの情報の答えはまちまちなので、それで決めるのはとても無理。夫と話して、互いにいろんな情報を見た中で自分の意見を言い、落とし所を見つける。すごく普通のことなんですけどね。

――子育て中のお母さんの悩みとして、お父さんがお母さんと同じぐらいの情報量や子育てに対する熱意を持っていないので、孤軍奮闘だという意見も多いようですが……。

瀧波 夫婦でも、言わないとわからないということはすごく多い。妊娠前に、『サレンダード・ワイフ 賢い女は男を立てる―この人と、もっと幸せになるために』(三笠書房)という、旦那さんとうまくコミュニケーションを取るコツが書いてある本を読みました。「どうしてあなたはわかってくれないの?」と言うのはすごく不毛なことで、わかってほしいことは素直に伝える――例えばご飯を食べた後にお皿を洗ってほしい場合は、「どうしてご飯を食べた後にお皿を洗ってくれないの?」ではなく、「ご飯を食べた後にはお皿を洗ってほしい」と素直に伝えましょう、と当たり前のことをすごく丁寧に書いている本で、実際に考えを切り替えてみたら、すごくうまくいったんです。
 子どもができると、「言わなきゃいけないこと」がすごく増えます。男の人の知識は、女の人が小さい頃から同性同士で話したり、本を読んだりしてきたことの積み重ねと比べれば、1と100ぐらいの違いがある。「言わなきゃわからない」=「相手の欠点」と思ってはダメで、相手が人間なら誰しも言わなきゃわからないという前提で接する、ということをその本から学びました。

――子育てで余裕がないことに加えて、旦那さんも育児に対して無知で「子どもも夫も育てなきゃいけないのか」と絶望するお母さんもいるようです。


瀧波 私は「旦那を育てる」という発想が苦手なんです。雑誌にも「旦那を褒めて、調子に乗らせて、育てていきましょう」と書いてあるんですけど、本人には絶対言えないじゃないですか。言えないことをやってやると企んでいる感じが、私はどうも落ち着かない。それでうまくいく人もいると思うんですけど、私は誠実に向かい合った方が楽なんです。「育てる」という発想をした時点で、多分「恋人同士」じゃなくなり、「親」になりますよね。それで育たなかったら育たなかったで、腹が立つじゃないですか。それは男と女として健全じゃない。育てて平等になったらそのやり方が合ってたのかもしれないですけど、育たなかったらきっと悲惨ですよね。

――二重にストレスになりそうですね。

瀧波 子育てに関する知識を与えていくということは大切ですが、他人の意識を改革することは無理。大企業のイチ部署が総力を挙げてやっていても「新卒が育たない」と苦労するようなことですよ。他人の意識の改革なんて、期待してはいけないような気がします。

――では旦那さんに、会話をする姿勢や時間もないという態度を取られた時はどうすれば?

瀧波 私の昔のことを思うと、話し合いのスタンスが悪かったと思いますね。たまりにたまった不満を持って、「さあ~~、話し合いましょう!!」みたいな感じで挑んでしまって……。逆の立場で考えて、「あなたのことをこんなに不満に思ってますよ!!」という人が向こうから来たら、絶対に逃げたくなるじゃないですか(笑)。そこは気付いた時に一つひとつ解消していく。自分がやられて嫌なことはしちゃいけない。すごく基本的なことなんですけど、当たり前すぎて忘れがちなんですよね。「どう言われたら、自分の間違いを受け入れられるか、自分の習慣を変えられるか」と考えて行動した方が、いい結果につながっていくと思います。
 話し合いをする時は、自分の悪いところを指摘されたら、本気で反省する覚悟で挑まないと。相手に悪いところを突きつけて、自分がスッキリしたいがために話し合うならやめた方がいい。うちの場合は、私がイラッとすることがあったら、その原因の半分は私なんです。でもその時は、全部相手が悪いと思い込んでいる。それで話をすると、冷静に対処する夫との会話から「言われてみれば、私も悪い」とわかってくる。最初はそれを全部否定してたんですよ。「それは私は悪くない。たまたまそうしただけだもん。それより、あなたのこっちの方が悪い!」と。でもそこを改めない限り、何回も同じことが起こるんです。私のここを直さなきゃいけないんだ、と気付かされて、私はこの3年ぐらいで、いっぱい悪いところを直したと思うんです、誰かに褒めてもらいたいぐらいに(笑)。そして、それが一番いい結果につながることに気付いたんです。


――大人になると、「私はこういう人間だから受け止めて」と無意識に他人に甘えが出ることがありますね。

瀧波 自分が同じことをされて、どう思うかというところですよね。「自分が頼んだ通りに家事が進んでない、ああイライラする」……そうやって自分を監視している人がいて、その人がイライラしている生活って何だろうと思いますよね。だったら、「遅れているから手伝おうか」と言った方がいいじゃん! 私だってそういうお嫁さんが欲しい! と、客観的な視線をどんどん入れていった方がいいですよね。

――子どもができる前に、夫婦の基盤を作っておいた方がいいのでしょうか?

瀧波 どちらかといえば、出産など大きなイベントを迎えるにあたって結束を強めていた方がいいですね。「夫婦で解決していく」という姿勢をもっと意識していれば、みんなこれほどまでに出産・育児に悩まないと思います。夫婦の結束を高める必然性自体が語られていないので、みんなそれに気付いていないのだと思う。“理想の夫婦像”という言葉があっても、何が理想なのかがわからない。愛し合っていれば理想なの? もっと“チームとしての結束の強さ”とか“問題への対応能力”とか、細かく洗い出した方がいいと思います。

――真面目なお母さんほど育児も家事も完璧を目指して、旦那さんへの苛立ちを募らせているような気がします。たまには自分を許すことも大事なのでしょうか。

瀧波 自分の中だけで決めると、相手も「あれ? なんでココは進んでないんだろう」と戸惑うので、私は「すみません! 最近こういうわけで、ここらへんの掃除をテキトーにします!」と相手に申請していますね。状況報告を常にしていれば、お互いに良い対応ができる。仕事みたいなもので、「1人じゃ全然はかどらないから手伝ってよ」って言うと相手をムッとさせちゃう時もあるけど、「調子が悪くて1人だとここまでしかできない」って言うと相手はカバーしようと思ってくれる。でも私はつい夫に頼ろうとしたり、自分の面倒くさいことを押しつけたくなるので、そこはグッとこらえますね。

――旦那さんと同じ方向を向いて、子どもの成長段階を一緒に面白がるというのは理想です。『はるまき日記』ではおむつの中身を旦那と笑い合いつつ、「おむつを替えるのが嫌なんです」とネット掲示板に書き込む男性に対しては、「人生を楽しむために必要なのは面白がる才能だ」と書かれていましたね。こういった視点がないと、子育てがつらいだけの作業になってしまいます。

瀧波 父親も母親も面白がることができたら、当然育児が楽しくなる。つい、おむつの替え方とか子どもの抱き方を夫に教えなきゃと思いがちですが、旦那さんが面白がれる環境を作るのもいいんじゃないかな。ゲームを好きな人はゲームが面白いから好きなのであって、ゲームのやり方を教えて楽しむわけじゃない。赤ちゃんとの楽しみ方を見つければ、勝手に赤ちゃんと遊ぶようになると思います。私が共有したいのはつらさより、楽しさなんです。「子育てはなんにもしなくてもいいよ、あなたは外で働いてきて、子どもの寝顔を見るだけで私は満足です」というタイプの人とうちの夫がうまくいくかはわからないですし。

――まずは自分が「どういった家庭を作りたいか」というイメージを、しっかり持つことが大事?

瀧波 そうですね。『はるまき日記』を読んで、自分の旦那さんもこうなってほしいと、あまり強く思っちゃいけないですね(笑)。たまたま夫の面白いところを私も面白がっているから成立しているのであって、「うちの夫は全然面白いこと言わない!」と思ってる人も実はダンナさんは面白いことを言っていて、笑いのツボが違うだけかもしれない。自分たち夫婦のベストポジションを探す方がいいと思います。“夫婦で楽しんで育てる”というあり方自体を「いいな」と思ってくれるのはすごくありがたいけれど、子育ての面白がり方自体はこれのマネじゃなくていい。自分たちが気付いていないだけで、本当は十分に楽しんでいるかもしれないですよ。今、親子でいる人にはその楽しみ方を伸ばしてほしいし、独身の人には「子育ては楽しんでいいんだ」と思ってもらえたらうれしいですね。
(インタビュー・文=小島かほり)

瀧波ユカリ(たきなみ・ゆかり)
1980年生まれ、北海道出身。『臨死!!江古田ちゃん』でアフタヌーン四季賞大賞を受賞し、デビュー。同作は現在単行本6巻まで刊行。エッセイストとして女性誌や文芸誌で連載を持つ。

最終更新:2012/08/01 11:50
『はるまき日記』
著者の一人娘「はるまき」が生後2カ月から1歳2カ月までの日々をつづった育児日記。几帳面な性格の「夫」と適当な性格の「私」が、「はるまき」に振りまわされつつも、面白がりながら育児に奮闘する日々を描く。娘への愛と大いなる妄想、子育てのホンネがふんだんにつづられ、子育て経験がなくとも楽しめる1冊。