美形の兄とイチャコラするために、人ががんがん死ぬ『七星におまかせ』
――西暦を確認したくなるほど時代錯誤なセリフ、常識というハードルを優雅に飛び越えた設定、凡人を置いてけぼりにするトリッキーなストーリー展開。少女マンガ史にさんぜんと輝く「迷」作を、ひもといていきます。
当たり前のことだが映画にしろ小説にしろ、物語にはたいてい「物語を通して言いたいこと」がある。例えば自堕落な青年の生活を描きながら人生の難しさを説いたり、スポーツ選手の成長を描きながらひとつのことに打ち込む素晴らしさを説いたり。「結果として、これが言いたかったんですよ!」というのが最後まで見るとわかるのだ。作者が一番言いたいことを読者や視聴者に伝えるために、どう表現するかが腕の見せ所である。
それが少女マンガでいえば、たいていが「お目当ての男とくっつきました」または「主人公はこんなにモテちゃいました」というのが本当のところ言いたいのである。それが例えばスポ根であろうが、学園ものであろうが、そして何人もの人が死ぬサスペンスだろうが。
『七星におまかせ』(浦川まさる、集英社)は、女子中学生・七星の周りで次々と事件が起こる話である。七星は、とある事情があって幼い頃に山浦家に養女としてやって来た。ここに3人の兄がいるのだが、少女マンガ好きならこの設定だけで、兄3人がイケメンであることがわかるはずである。巻頭の「おもな登場人物」からして「美形の兄たち」と紹介されているのだから、もう言い訳のしようがない。
そしてサスペンス仕立てのこの物語。全3巻中、5人も人が死ぬのだが、物語全体として言いたいことは「七星の一番下の兄・駿はかっこいい」である。包丁で刺されたり首吊りさせられたり、殺された人たちが痛々しい目に遭うのは、なんとこの程度の理由なのだ。引き立て役の最上級版。
いやもちろん、各話ちゃんと事件の設定があり、犯人がいて、事件のきっかけとなる理由もあるのだけど、ラストは駿兄といい感じになって終わるので、物語として事件が起こる理由は、七星と駿兄をいい感じに持っていくためなのである。
物語として言いたいのが、そんなのどかな感じだからなのか、ドロドロ事件に巻き込まれているにもかかわらず、この七星という女、頭に花が咲いてるハッピー思考の人物である。
まず彼女の出生には秘密があるのだが、これが結構シビアな家庭環境なのだ。自分の実の家族について知り、ショックを受ける七星。だけど次のストーリーからは、そんなこたーすっかり忘れて、元気に美形な兄たちと新たな事件へと立ち向かっている。事件に忙しかったからなのか、シビアな家庭環境をカケラも思い出さない。本当の家族もこれじゃ虚しかろう。七星には、美形の兄たちさえいれば、本当の家族なんかどうでもいいようである。
どうでもいい相手に対する無関心度は尋常じゃなくて、一緒に通学するほど仲良しそうな友達が死んだってのに、これまた大して悲しそうじゃないし。駿兄がほかの女とイチャイチャしてるときの方がよっぽど悲しそうだったよ? 眼鏡が壊れてコンタクトにした駿兄に「知らなかった、駿兄ってハンサムだったんだ」とか言って赤くなってるけど、眼鏡外した顔くらい、一緒に住んでんだから見てるだろうに。
いやそれよりも、血はつながらないとはいえ、兄として暮らしてきた相手に、眼鏡が取れたくらいで突然恋心を抱き、そしてなんの罪悪感も持たない。あの、もう少し、「ダメよ、私たち、兄妹なのに」みたいな躊躇をしてもいいんじゃないですかね。この、かっこいい=好き、という単純明快な思考。難しいこと考える脳みそはすべて事件解決に費やしてしまったらしいですよ。
と、ちょっと疑問は残るにしろ、ポップに事件が起こっていくところは、なかなか手軽に楽しめる。あとは3巻中、2回も後頭部を殴られて気絶した七星の後遺症がちょっと気になるくらいかな。
■メイ作判定
迷作:名作=7:3
和久井香菜子(わくい・かなこ)
ライター・イラストレーター。女性向けのコラムやエッセイを得意とする一方で、ネットゲーム『養殖中華屋さん』の企画をはじめ、就職系やテニス雑誌、ビジネス本まで、幅広いジャンルで活躍中。 『少女マンガで読み解く 乙女心のツボ』(カンゼン)が好評発売中。