膨らみ続ける借金から逃げるため、男が20年間逃亡していた先
嫉妬、恨み、欲望、恐怖。探偵事務所を訪れる人間の多くがその感情に突き動かされているという。多くの女性の依頼を受けてきたべテラン探偵の鈴野氏が、現代の「女の暗部」を語る。
時が過ぎ、時効が成立してしまっても、どうしても探して欲しいという依頼が舞い込むことがある。先月逮捕された元オウム犯もそうだが、犯罪でないにしても、命がけで逃げている人を探し出すのは探偵でも難しい。
元同僚にお金を貸したという鈴木光男(仮名)さんが相談に来たのは、先々月のことだ。鈴木さんは40代後半。今から23年前に同僚に400万円を貸したという。相手が女性だと考えるのは早計だ。相手は、年の近い男性。今では考えられないが、23年前はバブルの真っ盛り。小金を軽い気持ちで人に貸すことは、あまりめずらしいことじゃなかった。もちろん、相手の男性に一度に貸したわけではなく、10万、20万、と続けて貸していくうちに膨らんだらしい。もちろん400万円は大金だが、バブル期のボーナスは100万円を軽く超えていたので、そのうち返ってくるだろうとしか思っていなかったという。鈴木さんはその後転勤し、顔を合わせないうちにいつの間にかその同僚は退職していて行方知れず。探そう探そうと思っているうちに月日が流れ、借金の時効はとっくに過ぎてしまった。
今回、鈴木さんから提供された情報は、名前と昔住んでいた住所、社内旅行のスナップ写真だけだ。スナップ写真には、温泉場と思われる旅館でくつろぐ浴衣姿の鈴木さんと同僚が写っていた。バブル時代らしく、ワンレンボディコンで前髪をトサカに立てたいかにもなコンパニオンと腕を組んでいて、思わず苦笑してしまった。400万円貸しても、気にならない時代とは今の世代では考えられない。
お金を借りた人間の逃亡は足取りを残さない。だから住民票を移さないで逃げていることが多い。これを探すのが探偵の仕事になる。当時住んでいた住所や職場から遡ること数軒。どうにか同僚の実家にたどり着いた。東北のとある田舎町に一軒家を構えた男の実家を尋ねることにした。インターホンを押すと、写真の同僚に似た初老の男性が出てきた。
「○○さんは、ここにお住まいですか?」
「そんなやつ知らない」
と言うや否や、ぴしゃりと玄関の引き戸を閉められてしまった。その態度にピンときた。「これは親族内でその男の存在を隠している」と。普通は「いる」とか、「いない」と家人は答える。「そんなやつ知らない」という答え方はそもそもおかしい。きっと借金取りはほかにもやってきたに違いない。一家ぐるみで男を家に匿っているはずだ。
怪しいとにらんだ私は、その家を張り込むことにした。田舎で田んぼの間にぽつぽつと民家が建っているだけの閑散とした土地だ。見張る場所はほとんどない。仕方なく田んぼ近くの草むらにうつ伏せになって張り込んだ。男の家を観察すること3日目。家の窓からちらっと男が顔を出した。窓から顔を出した男は社員旅行の写真に写っていたのと同じ顔だった。
「今だ!」
私は、準備していたビデオを窓に向けて回した。男の顔は、しっかりビデオに収まっていた。事務所に戻り、ビデオから静止画をキャプチャーして切りだした。ビデオは毎秒30コマだから、スチールカメラで連写をするのと同じなのだ。その画像を拡大して、はっとした。あのとき玄関で「そんなやつ知らない」と言った男は、“似ていた親族”ではなく、紛れもない借金をした本人だったのだ。
男は、鈴木さん以外にも複数の人間から大金を借りたまま逃亡していた。20年以上、家に引きこもって暮らすのは、たいていの忍耐力ではできない。つまり相当の巨額な借金があったということになる。
今回の仕事はこれで終了した。お金を貸していることを妻に知られなくない鈴木さんは、裁判を起こすつもりはなかった。その後、当事者間でどのような話し合いがされたかは不明。探偵は、借金回収を代行することは法律上できないので知る由もない。探偵の仕事はあくまで調査。テレビドラマとは違うのだ。
(カシハラ@姐御)
取材協力:オフィスコロッサス