エロ・グロだけじゃない! 陰謀と愛憎が絡まる『スパルタカス』の魅力
――海外生活20年以上、見てきたドラマは数知れず。そんな本物の海外ドラマジャンキーが新旧さまざまな作品のディティールから文化論をひきずり出す!
日本人が大河ドラマ好きなのと同じく、アメリカ人も古代ローマを舞台にした歴史ドラマや映画が大好きである。西部劇も好きではあるが、マッチョで精神的にも強いヒーローが男の理想だと感じるアメリカにおいて、古代ローマの剣闘士が繰り広げる闘いは、最も食指が動くようだ。
帝政ローマ時代中期の剣闘士の姿を描いた映画『グラディエーター』(2000)、内乱期のローマ共和国を描いた米英合作ドラマ『ROME ローマ』(05~07)、紀元前480年に起きたペルシア戦争のテルモピュライの戦いを描いた『300 スリーハンドレッド』(07)、近年制作された歴史スペクタクルはどれもヒット作となっている。
一昔前に制作された歴史ドラマの中にも、語り継がれる名作がある。ローマ帝国皇帝カリギュラの残忍な姿を描いた歴史超大作と銘打ちながら、実はハード・コア・ポルノで記録的な大ヒットとなった『カリギュラ』(80)、そして、共和制ローマ期最大の奴隷戦争「スパルタカスの反乱」を描きゴールデングローブ作品賞を獲得した『スパルタカス』(60)。この2作は今なお、カルト的な人気を誇っている。
この伝説的歴史映画『スパルタカス』で描かれなかった物語を忠実にドラマ化した作品が、10年1月にスタートした。バイオレンスとセックス満載の、テレビ史上最も過激な歴史スペクタクル『スパルタカス』である。
物語の主人公は、紀元前70年代に活躍し、大規模な奴隷戦争「スパルタカスの反乱」を企てた共和政ローマ期の剣闘士スパルタカス。ローマ軍により故郷と最愛の妻を奪われ、奴隷として売り飛ばされる。使い捨ての剣闘士となった彼は、妻を取り戻し、憎きローマ軍の副将に復讐するために過酷な訓練に耐え、闘技を重ね最強のグラディエーターへと上りつめていく。
番組クリエーター、スティーヴン・S・デナイトが、「バイオレンスとセックス満載だから、『R指定』ではなく『NC-17』だ」と発言し、放送開始前から大きな注目を集めたこの作品。「NC-17」とは17歳以下の鑑賞を固く禁じる、「R指定」よりも厳しい制限が課されている規制コードのこと。血の気が引くようなグロテスク極まりない戦闘シーン、男女共にヌードシーンが多く、ホモセックスや奴隷と主人とのセックスを含む、過激な性描写のオンパレードである本作品は、文句なしに「NC-17」だといえよう。日本以上に放送規制が厳しいアメリカだが、本作品を放送している「Starz」は、なんでもアリのケーブルテレビ有料チャンネル。規制に敏感なCMスポンサーに配慮することなく、思う存分、アダルトオンリーの歴史スペクタクルを制作することができるのである。
このドラマの最大のみどころは、砂ぼこり舞い上がる殺伐としたコロシアムでグラディエーターが死闘を繰り広げるシーンである。大量の血のりを使い、体を切断したり、首をはね飛ばすシーンをリアルに描いているのだが、実はただ単にグロいだけではない。
クリエーターのスティーヴンは、「センセーショナルな映像を狙っているわけではなく、いかに忠実に歴史を再現できるかにこだわりながら撮影している」と説明。シーズン1第5話目の「クリクスス&スパルタカス 対 伝説の剣闘士テオコレス」の戦闘シーンは、8日間かけて撮影したことを明かしている。テレビドラマのワンシーンにこれだけの時間を費やすのは異例のこと。撮影はアメリカの最先端テクノロジーを採用した高速度カメラPhantomを使い、ハイスピードとスローモーションの絶妙なコンビネーションで、壮絶な闘いを芸術的なまでに描写。一つ一つの動きに惜しみなく時間を費やし、丁寧に撮影しているため、臨場感溢れたシーンに仕上がる。視聴者は、興奮状態にある剣闘士たちが間近で戦闘しているような感覚に陥るのだ。
そして、もう1つの見所であるセックスシーンだが、「このドラマにおいて、セックスシーンは別物と考えてもらいたい。ポルノとして楽しんでほしい」とルクレティアに扮するルーシー・ローレスが語っているほど生々しい。スティーヴンは、「ローマ期に関する書物を山ほど読んだが、どれにも、セックスとバイオレンスは『本能的に行われていた』と記されていた」と述べており、ドラマで繰り広げられていることは、ごく日常的なことだったのだと強調。「ただし、主要キャラクターのセックスシーンは、単に欲望を満たすだけのものでない。策略や権力、狂おしいまでの愛情をぶつける、そんな意味が込められているので、その点も感じ取ってほしい」ともコメントしている。
グロテスクな描写とセックスシーンが全面的に打ち出されているため、それがすべてかと思いきや、ドラマを見ていくうちに物語に引き込まれていく。それほど登場人物や彼らの関係、息をのむような策略や陰謀などにのめり込んでいくようになるのだ。剣闘士だけでなく女性たちの存在も大きく、スパルタカスの妻、剣闘士養成所の妻、ローマ軍副将の妻、剣闘士養成所で生まれ育った奴隷女、この4人の体を張った複雑な愛憎劇はドラマチックに展開する。また、どん底に突き落とされた主人公が心身ともに痛めつけられながらジワジワと這い上がっていく姿も見ごたえ十分。シーズン1は全13話で、テンポ良くストーリーが展開し、後半にいけばいくほと面白さが増すという構成だったのも、高視聴率を維持し続けた要因であろう。
最後に、主役スパルタカスを演じていたアンディ・ホイットフィールドについて。彼はシーズン1の撮影終了後に悪性リンパ腫と診断された。すぐに回復すると信じた制作スタッフは、シーズン2前に全6話で構成される序章ドラマ『スパルタカス ゴッド・オブ・アリーナ』(剣闘士養成所のドラマ)を撮影した。しかし、アンディの病状は悪化し、降板。シーズン2以降は、リアム・マッキンタイアを代役に立て撮影することになった。アンディは、昨年9月11日、闘病生活を送っていたシドニーで愛する妻の腕の中で永眠。「シーズン2を見るのを楽しみしているよ」と語っていたが、叶わなかった。
「バイオレンスやセクシュアリティを描写するにあたり、尻込みしたくなかった」というクリエーターの言葉通り、迫力ある作品に仕上がった『スパルタカス』。主要な賞にはノミネートすらされないが、目の肥えたテレビドラマ好きなアメリカ人を大いに満足させている。
堀川 樹里(ほりかわ・じゅり)
6歳で『空飛ぶ鉄腕美女ワンダーウーマン』にハマった筋金入りの海外ドラマ・ジャンキー。現在、フリーランスライターとして海外ドラマを中心に海外エンターテイメントに関する記事を公式サイトや雑誌等で執筆、翻訳。海外在住歴20年以上、豪州→中東→東南アジア→米国を経て現在台湾在住。
エロくてグロくてドロドロ、なんてサイ女好み!
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