サイゾーウーマンカルチャー漫画レビュー『最果てアーケード』の描く“死” カルチャー [連載]まんが難民に捧ぐ、「女子まんが学入門」第25回 『最果てアーケード』が描き出す、絶望でも無でもない「死」そして「幸せ」 2012/06/10 21:00 まんが難民に捧ぐ、「女子まんが学入門」 『最果てアーケード』(講談社) ――幼いころに夢中になって読んでいた少女まんが。一時期離れてしまったがゆえに、今さら読むべき作品すら分からないまんが難民たちに、女子まんが研究家・小田真琴が”正しき女子まんが道”を指南します! <今回紹介する女子まんが> 小川洋子・有永イネ 『最果てアーケード』全2巻 講談社 各620円 「人間 生きてる人より 死んでる人のほうが多いんですから 死者の持ち物がたくさんあるのも 別におかしくないんじゃありません?」 全編に渡って「死」の気配が色濃い、有永イネ先生の初単行本『最果てアーケード』。それはこの物語が、街を襲った未曾有の大災害「大火事」の後の世界を主に描いたものであるからです。もちろん、それをわたしたちは東日本大震災のメタファーとして読むこともできるでしょう。主人公の少女「大家さん(わたし)」は、大火事によって父を亡くしました。 ところが本作が決して陰鬱になることがないのは、そこはかとなく漂うユーモアのセンスゆえです。レース屋、義眼屋、輪っか屋……「わたし」が管理するこの「アーケード」には少々奇妙な店々が並びます。ヨーロッパのどこかの国ようでありながらどこの国にも似ていない、その掴みどころのない空間感覚は原作者・小川洋子先生の真骨頂でありましょう。「外」のようで「内」のようでもあり、「始まり」のようで「終わり」のようでもある、両義的な空間としての「アーケード」。今はもういない百科事典好きの少女「Rちゃん」はこう言います。 「お父さん なぞなぞだよ この世界で一番多いものってなーんだ」「いい? この世界では『し』で始まる物事が一番多いの」「『し』が世界の多くの部分を背負っている これは世界のヒミツなんだよ」「ねえ 『しあわせ』は何から始まるか お父さん知ってる…?」 百科事典では「む」から「ん」までの13文字もがたった1冊に押し込められているというのに、「し」だけが特権的にまるまる1冊をあてがわれている不条理。そして「幸せ」も「死」もそこには同じく書き記されている偶然。その美しさ。 すぐれたクリエーターほど矛盾や不条理、両義性、曖昧さを肯定し、向き合います。それこそが世界の豊かさであるからです(軽蔑すべきは安易な定義付けと価値判断です)。小川&有永ペアはこの条件に合致します。 すでに文学において定評のある小川先生だけでなく、有永先生もまたすぐれたマンガ家であることは初短篇集『さらば、やさしいゆうづる』(講談社)を併読すれば即座にご諒解いただけることでしょう。『はたらくおばけ』という作品で「幽霊などいない 人間は死んだら無になる」という大学教授に「株式会社はたらくおばけ」の社長はこう言い返します。 「私の母も父の葬式で『人は死ねば無になる』と言いました」「葬儀会場にまだ父がいるのにです」「死んだ人が無になったんじゃない 人に死なれたあなたが無になったんでしょう」「あなたはただ自分の無力感を認めたくないだけだ」「私は幽霊がいるいないに興味はありません」「ただいてほしいかいてほしくないか そういう話がしたい」 有永先生は「死」にまとわりつく絶望のにおいを振り払います。 「…ナオくん マキにはなして?」「話しても仕方ない 話したところで誰か生き返るかよ そんな仕方ない話誰が聞きたいんだよ」「ちがう しかたなくなんかない ナオくん」 表題作では友人を亡くした少年と、7つ年下の少女がこう語り合います。 「死に慣れるなんて ありはしねンだ 何年たっても…きっと自分が死んじまったとしても」「でも それでいい」 『最果てアーケード』の心優しい「レース屋さん」はそう言います。 2巻の後半、主人公に関するとある重要な真実が明らかにされ、周到に張り巡らされた伏線が次々と回収されて行きます。本書に横溢する飽くなき対話と、モノに宿る美しい記憶たち。わたしたちはそこにきっと永遠を垣間見ることでしょう。上半期の私的ベストです。 小田真琴(おだ・まこと) 1977年生まれ。少女マンガ(特に『ガラスの仮面』)をこよなく愛する32歳。自宅の6畳間にはIKEAで購入した本棚14棹が所狭しと並び、その8割が少女マンガで埋め尽くされている(しかも作家名50音順に並べられている)。もっとも敬愛するマンガ家はくらもちふさこ先生。 『最果てアーケード(1)』 「む」から「ん」までの少なさたるや 【この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます】 ・女子におけるファッションとは? 快楽と義務を描く『神は細部に宿るのよ』 ・ラブコメの名手が描く、男女のズレと人間賛歌! 「うどんの女」の妙味 ・憎悪、孤独、絡みあう感情から生み出る『昭和元禄落語心中』の中毒性 ・原発へのスタンスを問いかける、古典的名作『月の子』を改めて読む ・リアリティーを捨て感情を獲得した、『ちくたくぼんぼん』のファンタジー性 最終更新:2014/04/01 11:31 次の記事 錦戸お手製Tシャツがヤバい >