“残念な感じ”が積み重なり、楽しみ方が複雑な「源氏物語ミュージアム」
京都は、世界屈指の観光地。そして女の憧れの地である。美味いもん食って、寺社を見て、お洒落して、勉強する。何でもかんでも「京都でする」のが女の憧れなのだ。女性誌はこぞって京都特集を組み、ガイド本や京都観光エッセイがボロボロ出版されている。確かに京都には歴史がある。名産品がある。美味がある……そして誰も取り上げないけれど「しょっぱい京都」もある。
しかし京都のほんとうの魅力は、こういうソルティーなところにあるのだ。上品ぶっている女性誌では取り上げないほんとうの京都の姿を、しっかり焼き付けて欲しい。そうだソルティー京都、行こう。
【第2回 源氏物語ミュージアム】
源氏物語は、女流文学の最高傑作だと思う。小さい頃読んだ「まんが日本史」には、「光源氏というイケメンの話で、この物語は宮中の女をメロメロにさせた」と描いてあった記憶があるが、あれは間違いなく男目線で源氏物語を陵辱しきった書き方だ。源氏物語のすばらしさはそんなところではない。源氏と関わる女たちの生き方の生々しさ、どんな女が登場しても、そこに女という性を生きる難しさがあり、共感してしまう吸引力。1,000年もの間、女に熱く支持され続ける物語の理由が「イケメン」である訳がないのだ。源氏物語はむしろ知識人から支持され続けているのに。
そんな日本の至宝「源氏物語」に、なんとミュージアムがある。場所は宇治だ。宇治と言えば任天堂……ではなく、「宇治十帖」である。源氏五十四帖のうちの、たった十帖、しかも作者は紫式部じゃないんじゃないかとか言われてて、登場人物も光源氏じゃないし、けっこう曰く付きのお話である。にもかかわらず、「源氏物語ミュージアム」は、宇治にある。何故か。「宇治にももうちょっと観光施設を」といって、任天堂でもないし茶でミュージアムも苦しいだろうから、源氏はどうかと白羽の矢が立てられた、大人の苦しい事情を感じてしまうのである。
源氏物語ミュージアムは、大きく無料ゾーンと有料ゾーンとに分けられる。この無料ゾーンでだいたいその施設の方向性が伺えるのは、松尾大社で経験済みである。
まずは無料ゾーンから覗いてみよう。ズラリと並んだパソコン。そこで提供してくれるのは、各種プリクラと、源氏物語についてのクイズなどである。とにかく、こうした施設がやたらとパソコン技術を駆使したがるのはいつものこと。ニーズがあるかどうかは別にして……。
どうして? と聞きたくなる、クイズに登場する紫式部の似顔絵そしてその隣には、図書室がある。源氏物語に関わる書籍がズラリ並んでいる。ここで必見なのは、現在もう手に入らないであろう、源氏物語漫画の数々である。池上遼一(もしくは野中英次)と見まごうタッチの光源氏だったり、レディスエロ漫画雑誌でよく見かける作家が描いた源氏エロ物語だとか、無差別に「源氏物語ならなんでもいいか」というラインナップである。ここで2時間は時間がつぶせます。
光源氏のものすごく気持ちのよさそうな顔したまぐわいシーンとか、人
差し指立てながら大あわてで末摘花の元から逃げ去る光源氏とか、もう
イケメンさのかけらも感じられない爆笑シーンの数々。ここに来たら必見!無料ゾーンの濃さから有料ゾーンへの期待は高まるばかり。500円を支払い、いざ有料ゾーンへ。実はこの有料ゾーンへは、2005年くらいに来たことがある。その時の印象は、暗闇の中に、液晶画面がキラキラと浮かび上がっていたというような「スペース源氏ファンタジー」であった。聞いてみるとここは源氏物語1000年紀を記念し、2008年にリニューアルを行ったらしい。さて、どんな風に変わったのか。
こういう三セク系ミュージアムが大好きな実物大模型。本物の超豪華着
物だったら見たいけども?
ちなみに、ここにある模型、二つとも男が外から屋内の女を覗き見して
います。現代だったら少々犯罪の臭い以前は、源氏物語を知っている人には「当たり前だろ」で、源氏物語を知らない人には説明の足りなそうな(そもそも宇治十帖の登場人物を簡潔に説明するのが難しいだろう)情報が壁一面に描かれていた。リニューアルによってそのだらしのない説明はなくなり、物語とは直接関係のない「平安時代」「源氏物語の世界」というテーマで展示がされている。素人も玄人もそこそこ楽しめる展示だろう。すごく楽しいかは別だけど。
当時の香を実際に試せる。源氏のどこに出てきたとか、エピソードがあ
ったらもっと面白かったのにしかし、有料ゾーンの魅力は、こんなところにはないのだ。このゾーンには、なんと映画館が設置されており、20分間の抱腹絶倒大ギャグ映画が見られるのである。タイトルは『橋姫』。抱腹絶倒なんだけど、12歳以下の子供が見たら泣き出しそうなので注意が必要である。
ストーリーは、白石加代子扮する髪振り乱した恐ろしい形相の女(橋姫)が、宇治十帖の内容に引っかけながら女の業みたいな話をしてくれるというもの。思わず吹いたのは、薫だったか匂の宮だったかと女のまぐわいシーン、真っ最中に騎乗位の女が橋姫にすり替わるのである。なんの嫌がらせだか。しかも俳優は女のニーズまるで無視の公家メイク。だけどもナレーションは緒方直人という無駄遣いっぷりである。なぜ俳優をイケメンメイクにしないのだ? こんなお公家メイクとの恋物語と言われても、ちーとも共感できませんが。
しかもこの映画館、スクリーン前に橋が架かっており、入場時にはもくもくと煙が立ち上っていて、すごく金がかかってる感じ。にもかかわらず座席は板で背もたれもないという、なにがなんだか、気遣いどころを間違えっぱなしなのである。
ちなみにリニューアル前の映画は、白目むいた怖い顔の人形劇で、ナレーターは葉月里緒奈。これも傑作だったので、いつかまた是非見たいものである。
というわけで、歴史や文化に触れる気持ちで行ったら、間違いなく大失敗の「源氏物語ミュージアム」。平等院とか宇治上神社とか、渋めのアトラクションの前後のお口直しにお勧めです。
なんのことわりもなく展示されているお札。ここは割とそういうのが多く
て、「橋姫」が聞けるというパソコンがあったので聞いてみたら突然当
時の読みで橋姫の朗読が始まり、なんかの呪文みたいで死ぬほど怖かった和久井香菜子(わくい・かなこ)
ライター・イラストレーター。少女向けのコラムやエッセイを得意とする一方で、ネットゲーム『養殖中華屋さん』の企画をはじめ、就職系やテニス雑誌、ビジネス本まで、幅広いジャンルで活躍中。 『少女マンガで読み解く 乙女心のツボ』(カンゼン)が好評発売中。源氏物語にはいろんな可能性があるってことで。
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