[連載]まんが難民に捧ぐ、「女子まんが学入門」第9回

エゴではない、「責任をとった」恋愛を提示した『うさぎドロップ』

2010/04/03 11:45
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『うさぎドロップ』/祥伝社

――幼いころに夢中になって読んでいた少女まんが。一時期離れてしまったがゆえに、今さら読むべき作品すら分からないまんが難民たちに、女子まんが研究家・小田真琴が”正しき女子まんが道”を指南します!

<今回紹介する女子まんが>
宇仁田ゆみ『うさぎドロップ』(1~7巻、以下続刊)
祥伝社/各980円

 30歳の独身男・ダイキチが、亡き祖父の隠し子だった6歳の女の子・りんを引きとって育てる――という、キャッチーかつ女子のファザコン的欲求をくすぐる設定が話題となって、『うさぎドロップ』は人気に火がつきました。しかしもちろん「設定」ばかりでなく、育児にまつわる細やかな現実描写や、やさしさあふれる魅力的なキャラクターたちあっての人気であることは、今さら言うまでもないでしょう。

 そんな本作ですが、昨年1月発売の第5巻は衝撃的でありました。初期の設定をあっさり投げ出して、りんの年齢を一気に高校1年生=16歳にまで引き上げたのです。わたしの周りでもこれには賛否両論ありました。曰く「普通のマンガになってしまった」「萌えが失われた」などなど。が、結果的に『うさぎドロップ』の魅力はますます増したと、わたしは思います。

 5巻から6巻にかけて描かれたのは、りんとその幼馴染み・コウキの成長、そして女手ひとつでコウキを育ててきた母・二谷さんとダイキチのロマンスです。わたしが注目したのは後者。子を持つ者同士の、不倫ではないリーガルな恋愛が、こんなにもきちんと描かれたマンガがあったでしょうか?

 思春期真っ只中のりんとコウキが微妙な関係になったことにより、ダイキチと二谷さんはお互いに距離を置こうと考えます。彼らにとって最優先すべきは自分の気持ちではありません。何よりも子どもです。その切なさときたら、もう。「40過ぎてもおばあさんになった姿を見られる覚悟ができないようじゃ やっぱりいっしょに暮らすには向いてなかったかも…」というモノローグに、二谷さんはこう続けます。「…って思っておこう…」。


 2人は、その原因を子どもには決して押し付けません。まず状況があって、子どもがいて、そして自分がいます。4巻、第1部の最後で二谷さんはこう言いました。「でも仕事の時間は自分の時間ですし 子どもとの時間も自分の時間なので… 大事な」。そして育児とプライベートとのバランスに悩んでいたダイキチも思います。「楽ではないけど特別でもない… のか…な?」「これ…やっぱ犠牲とかとちょっと違うよな…」。そこにあるのはエゴを押しつけるばかりではない、責任を受け止めた「大人」ならではの恋愛の在りようです。

 一方ではりんとコウキの青臭い恋愛模様も丁寧に描かれていて、『うさぎドロップ』はあらゆる視点から感情移入できる作品になりました。青臭さと成熟と、どちらがいい/悪いというのではありません。みながそれぞれの状況の中で一生懸命になっている様が、心地よい感動をもたらしてくれるのです。

 ここで忘れてはならないのは、作者の宇仁田ゆみ先生は女性であり、しかし物語の大半はダイキチからの目線で描かれているということです。それでいて決して『源氏物語』にはならない。性や年齢、社会的な立場……あらゆる角度から描かれる複眼的なこの物語は、今日の女子まんがの、ひとつの到達点であるのです。

 幅広い年齢層を対象とする女子まんがにおいては、「大人の倫理」は必要不可欠であるとわたしは考えます。そして先ごろ発売された7巻ではまさかの『ハチクロ』的ラストへの布石も。どのような結末にせよ、イチファンとしてダイキチの幸せを願わずにはいられません。

小田真琴(おだ・まこと)
1977年生まれ。少女マンガ(特に『ガラスの仮面』)をこよなく愛する32歳。自宅の6畳間にはIKEAで購入した本棚14棹が所狭しと並び、その8割が少女マンガで埋め尽くされている(しかも作家名50音順に並べられている)。もっとも敬愛するマンガ家はくらもちふさこ先生。


『うさぎドロップ』1巻

「ほのぼの」だけじゃない何か

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最終更新:2014/04/01 11:40