コラム
堀江宏樹の歴史の窓から

ギャルは「卒業」するものから「人生開拓のためのツール」になったーー朝ドラ『おむすび』からひもとく

2024/11/02 17:00
堀江宏樹(作家・歴史エッセイスト)
ヒロインの橋本環奈(写真:サイゾーウーマン)

歴史エッセイスト・堀江宏樹氏が今期のNHK朝のテレビ小説『おむすび』を史実的に解説します。

目次

「男の言うことを聞かない厄介な女たち」
男性の推奨する「操を捧げる」恋愛観への本音
ギャルは90年代に突然現れたわけではない
90年代のギャルは影に「怒り」があった?
令和におけるギャル=人生開拓のためのツール

「男の言うことを聞かない厄介な女たち」

 前回から、「ギャル」は戦前・1920年代の銀座で誕生したという歴史を、筆者なりにひもといています。

 前クールの朝ドラ『虎に翼』でも描かれたように、戦前日本では民法が「家父長制」を全面的に肯定しており、家族内でも妻や娘といった女性メンバーの立場や発言力は弱く、父親もしくは年の離れた兄、結婚後は夫など指導的立場の男性メンバーの思惑を外れ、女性が行動することなど許されませんでした。

 そういう男性たちに求められた「良妻賢母」の理想像に自分を当てはめることができない女性たちは、家を飛び出さざるを得ず、特定の町に集まったようです。

 東京・銀座は、そうした「モダンガール」たちの一大聖地でした。「先端少女」もしくは「ギャール」などという呼び名もあったようですが、これらの用語からは「モダンガール」という呼称以上に、「男の言うことを聞かない厄介な女たち」という侮ったニュアンスが感じられる気がします。

 昭和6年(1931年)、「文学時代」6月号に掲載されたという「都会の魅惑 先端少女座談会」という記事からは、男性社会から見た「ふつうの女の子」ではいられなくなった――もしくは、「ふつう」に安住することを拒絶した若い女性たちが、世間からは少々浮く派手な格好で、とくに用もないのに銀座をうろつき、仲間同士でたむろする姿が浮かび上がるようで興味深いのです。筆者はそんな彼女たちの姿に大正、昭和、平成……そして今日まで続いた「ギャル」たちの原点を見出すのです。

男性の推奨する「操を捧げる」恋愛観は重すぎる

 「都会の魅惑~」という記事の後半は、参加者の女性たちに理想とする男性像や恋愛像について語らせています。しかし、かつて恋愛の末に妊娠中絶まで経験し、大阪から東京に出てきた水商売あがりの一般人・花井蘭子(後に日活の女優となる人物か?)が「私の恋愛というのは、ただの友達と変りません」「ほんの遊び相手」と発言する一方、そういう彼女の人生観を、彼女が勤めていたようなバーやキャフェーの常連と思われるインテリ男性たちが「違う」と否定で、そこが興味深いのでした。

 たしかに花井はディープな過去を持っていますが、今でも「本当に好きな人」なら結婚予定がない男性とのセックス、あるいは浮気の類いも「ベビイが出来ない限り許してもいい」、そうでないと後悔すると考えているようです。また、松竹所属の新進女優・花岡菊子も「恋愛は友情と変わらない」と述べています。

 おそらく男性たちの推奨するような「この男性にだけ操を捧げる」という恋愛観は、花井・花岡などの「ギャール」には重すぎてしんどいのでしょう。そういう女性特有の本音を、インテリ男性たちは理解せず、説教しようとしているのです。

 こういう文脈は、2000年代のギャルの一部が「age嬢」と呼ばれ、雑誌「小悪魔ageha」(インフォレスト、現在はエイチジェイ)あるいはケータイ小説などのメディアで自身の波乱万丈の人生と「闇」=「病み」を語り、共感しあっていた姿を彷彿とさせます。異性より、自分と同じニオイがする同性の理解を求めての発言だったことも、時代を超え、同様な気がするのですが……。

ギャルを卒業して結婚する時代

 さて、彼女たち「先端少女」もしくは「ギャール」たちの後輩ともいえる姿が、日本史に再登場するのはかなり後のことです。現在につづく「ギャル」の直接的な先輩女性の存在は、戦中・戦後の混乱期を経て、「もはや戦後ではない」という実感が一般にも根付いていたであろう1960年代後半~70年代の東京・渋谷に見られるようになりました。

 彼女たちの多くは、「自由の国」アメリカから輸入されたカジュアルなファッションだけでなく、日本では古くから美人の条件とされてきた白い肌はやめて、サーフィンなどで日焼けし、黒髪ではなく茶髪に、そして白っぽいリップで唇を彩って渋谷に現れていたといいます。

 つまり、90年代の渋谷に突然現れたような印象もある「ギャル」の外見的なプロトタイプは高度成長期~バブル期の日本にすでに登場していたのですね。

 「ギャル」とは、世間が強制してくる「ふつうの女の子」らしさへの反発心を、既存の女の子らしさは全く違う方向性のオシャレによって表現し、そういう価値観を共有できる仲間たちを求め、特定の場所に集まった人々であると筆者は考えるのですが、その特定の場所=聖地も、戦前の銀座から戦後は渋谷に変化していました。また、当時から、かっこいいお姉さん、お兄さんがカリスマ店員としてファッション産業をもりあげていたとの証言もあります。

 しかし、このような高度成長期~バブル期のギャルたちは散発的にあらわれるのですが、ムーブメントにはなりませんでした。その理由としては、多くの「ギャル」たちが比較的短期のうちに「卒業」し、「ふつうの女の子」にもどって結婚したり、就職したりすることを繰り返していたからのようですね。

90年代のギャルは影に「怒り」があった?

 「ギャル」が単なる「ファッションの問題」から、一生を左右するまでの「人生の問題」にまで昇華したのが90年代だったといえます。平成30年(2018年)の映画『SUNNY 強い気持ち・強い愛』は、元・平成ギャルの女性たちが大人になった後も熱い友情で結ばれる姿を描いていました。

 ちなみに平成11年(1999年)くらいから、当時一世風靡していたギャル雑誌「egg」(大洋図書)では「ガングロギャル」の存在がクローズアップされました。日焼けした「ガングロ」から、それを超越し、黒人女性レベルの黒さになるまで日焼けするか、褐色系のファンデーションを塗った「ゴングロギャル」たちが注目を呼ぶようになっていきます。映画『SUNNY』でも描かれたように、教室の女子生徒の大半が「ガングロ」だった時代さえあったそうな。

 そういう通常で想定されている日焼け肌を通り越した黒さが「ゴングロ」。そして「ゴングロギャル」のもっとも過激な姿――いわば最右翼がいわゆる「ヤマンバギャル」だったのですが、その手のギャルファッションの当事者だった家冨万理さんという女性が、そうした装いの影に「怒り」があったと回想していたのが目に付きました(久保友香『ガングロ族の最期』イースト・プレス)。

 「大人に社会をコントロールされて、自分たちにはお金も権力もない」ことへの言葉にできないようなイラだち、つまり「怒り」こそ当時の多くの「ゴングロギャル」たちの共通認識だったのではないでしょうか。また、映画『SUNNY』の登場人物もそこまで黒肌ではなかったですが、おそらくそういう時代の空気を共有した「戦友」だからこそ、その友情も一生物なのでしょう。

令和におけるギャル=人生開拓のためのツール?

 数年前、筆者は「ギャル・キャラ」で大人気の「エルフ」の荒川さんと、ドワンゴの特別配信番組『ギャルの日本史』でご一緒したことがあるのですが、「ギャルしか勝たん!」「ギャルは年齢性別関係ない!」とおっしゃる荒川さんのお話から、令和におけるギャルとは外見=ファッションの問題であることを軽々と超え、ソウル=人生開拓のためのツールになったと感じたことを思い出したのです。

 ――まぁ逆にいえば、駆け足で1920年代の「モダンガール」から2020年代の「ギャル」までを振り返っただけでも、ここまで千差万別にして深い文化背景があるというしかない「ギャル」の要素を、福岡・天神に集うハギャレン(福岡ギャル連合)のメンバー数名だけで、しかも短時間で描けるわけもなく、その描写がブレブレになっても致し方ない気もします。

 個人的には日本の「ギャル」第一号は、好きになった男のためには身体を張った北条政子(源頼朝の正室)ではないかと考える筆者ですが、これもまた別の話ですね。

 本稿執筆については、戦後のギャル文化に文化人類学的なアプローチで迫った久保友香さんの著書『ガングロ族の最期』(イースト・プレス)を大いに参考にさせていただきました。興味のある方はぜひご一読を……。

堀江宏樹(作家・歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『眠れなくなるほど怖い世界史』(三笠書房)など。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)。

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最終更新:2024/11/02 17:00
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