コラム
【堀江宏樹の歴史の窓から】

朝ドラ『虎に翼』、ドラマで描かれない男子生徒とのトラブル! 寅子が激怒しそうな入学式「祝辞」とは? 

2024/04/20 17:00
堀江宏樹(作家・歴史エッセイスト)

歴史エッセイスト・堀江宏樹氏が今期のNHK朝のテレビ小説『虎に翼』を歴史的に解説します。

目次

男子生徒との軋轢
ドラマに出てこない、女子部の指定制服
明大女子部と男性生徒は基本的にかかわらない?
寅子が聞いたら激怒しそうな「祝辞」

男子生徒との軋轢

 NHKの新朝ドラ『寅に翼』も、放送第3週に入り、なかなかおもしろくなってきましたね。当初はエキセントリックな印象が強かったヒロイン・寅子も仲間たちと切磋琢磨する中で、ずいぶんとヒロインらしくなってきました。ああいう熱血型のヒロインもいいですよね。

 しかし残念ながら、寅子たちが明律大学女子部で法律を学びはじめてから、明律大学の男子生徒たちとの軋轢(あつれき)は激化する一方のようです。史実では、この点についてどうだったかが気になる読者の方もおられるでしょう。

 先週には、寅子が女子部の生徒たちのことを「地獄」を共に行く仲間というような表現で呼ぶセリフがあって、筆者もギョッとさせられました。これは「女なのに」、「女のくせに」法律を学ぼうとするなんて……と、それだけで変わり者扱いされてしまった当時の日本社会の現実を痛いほど反映した言葉だと思います。

ドラマに出てこない、女子部の指定制服

 明律大学女子部は、戦前の昭和4年(1929年)に開校した明治大学専門部女子部(以下、明大女子部)をモデルにした学校です。この学校の記録から、当時の女生徒たちの実態を振り返るとなかなか興味深いことがわかりました。

 まず気になる男子生徒との軋轢についてですが、明律大学のモデルが明治大学というリベラルな校風のある名門校ということで、あまり表立ったトラブルなどはなかったようです。しかし、男子学生から女生徒が冷やかされる事件が起きた記録はやはりあって、それは開学当初、通学には必須とされていた女子用の制服が問題だったらしいのです。

 ドラマでは出てきませんでしたが、明大女子部の指定制服は、現代日本の女子大生の就活ルックのようなスーツ姿に、なぜか当時の大学生のシンボルである角帽を被ったものを想像していただくとわかりやすいと思います。

 ドラマでは小林薫さん演じる穂高教授(モデルは、渋沢栄一の孫の経済学者・穂積重遠)同様、明大女子部の発足と運営に尽力した現役の弁護士で、学校の教壇にも立った松本重敏という人物が、早稲田大やイギリス・ケンブリッジ大の男子学生の角帽を気に入っており、女子生徒にも被らせてみたのでは……という証言もあります。

 当時としてはかなりユニセックスな装いですが、「学問の前には男女は関係ない」というメッセージがこめられていたように感じます。

 しかし、女性がそういう姿をすることが男子生徒には不評で、それゆえに冷やかされるという事件が発生したようですね。女子生徒も次第に学校指定の制服ではなく、着物もしくはカジュアルな洋服で通うようになったそうで、男子学生とのトラブルは少なくなったと考えられます。当時の男性、そして女性の意識を知る上で興味深い逸話です。

明大女子部と男性生徒は基本的にかかわらない?

 男子学生からの反発については、筆者が読んだ『明治大学専門部女子部・短期大学と女子高等教育』(明治大学短期大学史編集委員編/以下、前掲書)が、大学側による「公式資料」だったこともあるかもしれませんが、他の史料でも、発足当初の明大女子部の女学生と明大の男子学生は基本的には没交渉で、あまりやりとりがなかったともあったので、お互いに距離を置いて、かかわらないようにしていたくらいが史実に近いかもしれません。

 また、史実の明治大学は、その当時からリベラルな校風を誇る大学だったことは明言しておきます。これは明大女子部開校から10年以上のちの太平洋戦争中と思われる証言になりますが、明大の男性生徒たちにまじって英語のサークルにふつうに参加できたというものもありました(前掲書、鍛冶千鶴子「時代を拓いた明大女子部 その果たした役割」)。

 本来なら当時は戦時中ですから、英語は「敵性語」です。サークル活動も禁止だったはずですが、それが秘密裏にせよ行われていたという回想からも、明治大学のリベラルな体質が想像できますし、おそらく男女の軋轢はドラマで描かれるように大学の中というより、大学の外に出たときのほうが大きかったのではないでしょうか。

寅子が聞いたら激怒しそうな「祝辞」

 ちなみにドラマによく出てくる法廷劇なども、社会への明大女子部の活動報告の一貫として、そして新入生勧誘のためなどに行っていたようですし、女生徒が運営した弁論大会なども行い、満員を記録しています。

 ただ、世間的には女性が男性同様に専門課程を学ぶということに、アレルギーじみた拒否感を示されることはよくあったと考えられます。

 戦前日本では、文部省(当時)の基本方針が明確に「女性の高等教育推進に反対」という立場でしたからね。もちろん、文部省もこの問題については、各大学の判断に委ねる姿勢を見せてはいましたが……。

 それゆえ、明大女子部でも最初の入学式の際に読まれた「祝辞」でさえ、「女性が社会で活躍するためには高等教育が不可欠だ」という今日から見ても「まっとう」な意見が半分程度。

 それだけでは文部省からクレームが入ることを恐れたのか、「家庭内で(男女平等の)権利の主張をやられては困る。ただし、家庭にいても、法律や経済がわからないのでは、夫の話が理解できない」とする藤田謙一(答辞、東京商工会議所会頭)のような主張が挟まれていたこともわかっています(前掲書~「通史――明治大学専門部女子部 創設の頃~1930」)。

 寅子が聞いたら「それで祝辞のつもりなの!?」と激怒しそうな内容ですが……。

 朝ドラにもしばしば出てくる戦前日本の「女子高等教育」ですが、それが「ふつうのこと」になるまで、想像通り紆余曲折があったことがわかりますね。今後のドラマ内でどう描かれるか、興味深く見守りたいと思っています。

堀江宏樹(作家・歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『眠れなくなるほど怖い世界史』(三笠書房)など。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)。

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最終更新:2024/06/10 22:24
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