コラム
【堀江宏樹の歴史の窓から】

フジ『大奥』、家治VS定信は史実的にレッドカード! よしながふみ版の劣化コピー疑惑も 

2024/03/15 11:35
堀江宏樹(作家・歴史エッセイスト)

今期放送中の『大奥』(フジテレビ系)。同シリーズの熱心なファンである歴史エッセイスト・堀江宏樹氏が、第8話で描かれた驚がくのシーンについて解説します。史実的にはレッドカードもののあり得ないストーリーとは?

目次

家治と定信の驚がくシーン
松平定信が将軍位を争い合うライバル?
よしながふみ版『大奥』をなぞった設定とは?
よしなが版『大奥』のサイコキャラに影響を受けている?

第8話の家治と定信の驚がくシーン

 今期の『大奥』は、おかしなところだらけです。本来ならば生まれるべき子どもが生まれていない(例・史実の五十宮倫子には二人の娘がいたのに、ドラマでは死産したとされている)、生まれるべき時期に生まれていない(例・お知保の方と、お品の方が同年、競い合うようにして男の子を出産したのに、ドラマでは年齢差がある)などにもクビをひねっていたのですが、これらはまだまだ序の口でした。

 第8回では、10代将軍だった徳川家治と、11代将軍・家斉の時代に老中として権勢を振るうことになる松平定信が、まるで「兄弟」のように扱われている驚がくのシーンが登場したのです。

 すでに将軍位を息子・家重(9代将軍)に譲っているものの、「大御所」として江戸城の頂点に君臨する徳川吉宗(伊武雅刀さん)が、家治少年と定信少年を左右に並べて座らせ、「将来、将軍になるのは家治じゃ!」と、よくわからない宣言をしていました。しかも定信少年は呆然として、くやしそうでもありました。

 また、あれは第6回だったでしょうか、定信が、臨終の床の父・田安宗武(陣内孝則さん)から、「定信、そなたは一大名の器ではない」「家治とその子孫から将軍位を奪い返せ」などと遺言されるシーンもあったと記憶しています。このあたりの史実ガン無視加減が、もはや笑って見過ごせるレベルではなく、レッドカードものなんですね。

 9代将軍・家重には、家治のほかに、重好という男の子もいたので、この2人が出てくるのであれば、まだわかるのですが……。

松平定信が将軍位を争い合うライバル?

 ちなみに重好は、清水徳川家の初代当主として、将軍家から分家されています。

 かつて、江戸の徳川宗家(=将軍家)を筆頭に、紀州藩(現在の和歌山県)と尾張藩(現在の愛知県)の藩主が「徳川御三家」であり、紀州藩主と尾張藩主には、宗家にお世継ぎの男子ができなかった場合の、「スペア」となる男子製造者としての役割も与えられていました。

 しかし、紀州徳川家の四男として生まれながら、きまぐれな運命に導かれて江戸城に入り、将軍にまで成り上がってしまった徳川吉宗とその子どもや孫たちの時代に、紀州や尾張の当主たちより、現行の将軍家にさらに近い立ち位置の「スペア」製造機関が設けられることになったのです。

 それが清水家、田安家、一橋家というの「徳川御三卿」の3家です。松平定信の実家・田安家は、徳川家重よりも有能だったのに、「長子相続」という将軍家のしきたりを打ち破れなかった「次男」徳川宗武が分家された家です。ちなみに、その田安家の七男が(のちの)松平定信ですね。

 田安家の当主になるのでさえ、何人もの兄を追い落とさねねば(≒暗殺せねば)当主にさえなれない立ち位置の定信が、なぜ、家治少年と将軍位を争い合うライバルのようにドラマでは描かれてしまっているのか……。

 おそらく、今期のフジの『大奥』が、昨年のNHK版『大奥』、ひいてはその原作であるよしながふみ先生の漫画『大奥』(いわゆる男女逆転版/白泉社)を水増しした「何か」にすぎないからでしょう。

 「定信が将軍位奪取に意欲を燃やしまくる」というムチャな設定も、よしなが版『大奥』に「インスパイア」されたものだと考えられます。

よしながふみ版『大奥』をなぞった設定とは?

 よしなが版『大奥』には「男女逆転版」なので、暗愚な姉・家重に将軍位を奪われた不運な妹・田安宗武が、才能と器を見込んだ七女の定信に、「お前は才能に恵まれている。だから現在、田安家の当主で、遠からぬ時期に死ぬであろう病弱な長女の後釜を目指せ。田安家の当主であれば、将軍継承権がある。幸い、今の将軍・家治には世継ぎがいない。そこにお前の子どもを送り込むのだ! そして家治たちから将軍家を奪いとれ!(要約)」と遺言するシーンが出てくるのです。

 稀代のストーリーテラーの漫画家・よしながふみ先生の作品だからこそ、定信だけでなく、私たちの心にも「スッ」と入り込んでしまう部分ではあるのですけれど、少し考えればあまりに遠大すぎる話であることはわかりますよね?

 しかし、こういう他作品の設定を表層的になぞって、移植してしまっているのが今期のフジテレビ版『大奥』の本質のようです。いわゆる「劣化コピー」というやつですね。10年に一つといわれるほどの名作、よしなが版『大奥』ほど圧倒的な物語には仕上げられていないため、違和感だけ残ってしまうが、今期のフジテレビ版『大奥』なのです。出演者の熱演も虚しい仕上がりになっているのは、本当に残念だというしかありません。

よしなが版『大奥』のサイコキャラに影響を受けている?

 倫子のおなかの子を毒殺した「サイコパス定信」という設定についても、気に入らぬ孫はひそかに毒殺して喜んでいる、よしなが版『大奥』随一のサイコキャラ・一橋治済(ひとつばし・はるただ)の影響を強く受けすぎているのではないかと感じます。

 そういえば、NHK版『大奥』では、仲間由紀恵さんが治済役を怪演しており、薄ら笑いを浮かべながら狂ったセリフを次々と発して大きな話題を集めていましたね。

 よしなが版の家治は(男女逆転版であるがゆえに女性ですが)明るく、美しく、聡明だがお調子者なところが玉にキズな人物として描かれました。そして、そこだけはインスパイアされていないフジ版『大奥』なのでした。

 男女逆転版ではない大奥は、フジだけなのですから、史実が伝える「夜のスナイパー」家治の一面もプラスした人物造形にしてほしかったものです。どうもドラマの家治は、亀梨和也さんの俳優としての個性を生かすには根暗すぎる気がしますね……。

堀江宏樹(作家・歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『眠れなくなるほど怖い世界史』(三笠書房)など。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)。

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最終更新:2024/03/15 11:35
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