コラム
【堀江宏樹の歴史の窓から】

フジ『大奥』、倫子の悲嘆ぶりは歴史改変! 裏切りの侍女 ・お品との史実上の関係は?

2024/03/08 13:45
堀江宏樹(作家・歴史エッセイスト)
倫子を熱演している小芝風花(写真:サイゾーウーマン)

今期放送中の『大奥』(フジテレビ系)。同シリーズの熱心なファンである歴史エッセイスト・堀江宏樹氏によれば、第7話で描かれた倫子の悲嘆ぶりは史実的ではないそうで……。史実的に解説します。

目次

松平定信の「せんべい」によるトンデモ展開
倫子と家治、お知保、お品の史実的関係性は?
明治の実業家、広岡浅子と女中の関係も有名
現実社会ではデリケートな話題をどうするのか?

松平定信の「せんべい」によるトンデモ展開

 『大奥』第7話では、五十宮倫子(小芝風花さん)に流産の危機が迫りました。今期の『大奥』、妊娠中の女性が倒れてしまう展開が多すぎじゃないでしょうか。しかも、その流産危機の原因を作ったのが「サイコパス定信」こと松平定信(Snow Man・宮舘涼太さん)で、妊娠を阻害する「ピル香」(避妊香)につづき、「堕胎せんべい」を倫子のもとに送り込んできたからという、笑えないトンデモ展開でした。

 もともとフジテレビ版の『大奥』は、NHKの「大河ドラマ」よりブッ飛んでいましたけれど、筆者のように過去作は時代劇チャンネルをつかって遡って全部見たというフジ版『大奥』のファンとしては、今期は視聴をやめてしまいたい誘惑と戦わねばならない厳しい展開が続いています。

 おそらく『大奥』の視聴率は、家治演じるKAT-TUN・亀梨和也さんと、倫子演じる小芝風花さんなど、出演者の方の相当コアなファンの数なのではないでしょうか……。
それにしても堕胎せんべいには驚いてしまいました。

 見かけ、味も倫子が食べ慣れた白味噌せんべいそのものだったのに、ピンポイントでおなかの中の赤ちゃんにだけ効果を発揮できる、高機能すぎる堕胎せんべいを作りだしてしまうとは……松平定信お抱えのラボラトリー、21世紀以上の科学水準にあるようですね。ドラマにも出てきた平賀源内などが働かされているのでしょうか。

倫子と家治、お知保、お品の史実的関係性は?

 さて、第7話は倫子の「つき人(=侍女)」のお品が、家治に抱かれ、名実ともに側室の一人になるという内容でした。ここでお品は倫子を裏切る行為だといって苦悩し、倫子もお品から真実を聞かされ、ショックで倒れて産気づくという展開でした。

 ちなみに史実でも五十宮倫子の侍女として、京都から共に江戸に下向してきたお品という公家出身の女性が家治の側室になっています。

  あらためて歴史的事実を説明しておくと、倫子が家治との間に二人連続して娘を授かったものの、御台様は女腹――徳川家のあとつぎとして必要な男の子を産むことができない御体質という声が大奥から上がり、家治の乳母だった松島という奥女中の斡旋で、お知保の方が側室になるという経緯をたどりました(余談ですが、ドラマでも松島は家治の教育係だったということになっているようですね)。

 お知保の方は男の子(のちの家基)を見事に授かりますが、大奥での扱いは「産みの母」にとどまりましたし、その後、家治が彼女を寵愛することはなかったといいます。家治が愛していたのはあくまで御台所・倫子で、お知保の方から取り上げた家基も倫子を「育ての母」として育ちました。

 ここで倫子から、松島・お知保の方サイドの増長を押さえつけるべく、満を持して放たれた刺客こそがお品の方だったのですね。ドラマではお品が家治の側室になったことに対し、倫子はこれまでにない悲嘆ぶりでしたが、史実では、「信頼できる女性だからこそ、自分の代わりに夫の子どもを産んでもらおうとすべてを委ねた」という選択がなされていたはずです。ちなみにこういう事態は、史実の大奥ではよく見られました。

明治の実業家、広岡浅子と女中の関係も有名

 5代将軍・綱吉の御台所・鷹司信子は、京都から自分の息のかかった公家の女性を何人も呼び寄せ、その女を綱吉に寵愛させることで、大奥内での自分の権力が衰えないようにしています。もちろん、いくら信頼している女性だからといっても、夫から愛されているのは自分ではなく、彼女なのですから、権勢は自分とその女性(たち)と二分、三分せねばならないところは頭痛の種でしたが……。

 現代人には驚がくの発想かもしれませんが、大奥特有の爛れた習慣というわけでもなく、民間レベルでもしばしば見られた話でした。たとえばNHKの朝ドラ『あさが来た』(2015年)のヒロイン・あさは、夫・新次郎との子どもをすべて自分で産んだということになっていますが、あさのモデルである実在の明治の女性実業家・広岡浅子は、夫・広岡信五郎との間には娘を一人産んだだけで、「主婦」よりも「実業家」としての人生を重視しました。

 それゆえ、夫には彼女が信頼する女中をあてがい、自分の身代わりを務めさせていたのです。浅子の女中・ムメ(小藤)が、一男三女を信五郎との間に授かったのは有名な話ですね。

 こういうことができるのも、女主人と彼女に仕える女中の間に堅固な信頼関係があったからこそで、それは「美談」ですらあったのです。

現実社会ではデリケートな話題をどうするのか?

 いずれにせよ、今期の『大奥』は史実ガン無視ですから、実際は男子を授かることはなかった倫子、あるいはお品に男の御子が次々と産まれてもおかしくはありません。

 そして、このまま授かる、授かれないという話だけで最終回まで暴走していく気がしますが、今回の『大奥』は、登場人物に数々の史実ガン無視の謎設定を背負わせてしまっており(例・徳川家治は将軍家の血を引いていない)、歴史改変が目立ちすぎます。

 これはご都合主義的展開の数々も意味していますから、多くの視聴者にとって各キャラに対するシンパシーはあまり高くないままではないかと思われます。その中で、妊娠できる/できないといった、現実社会ではデリケートな話題を持ち上げられ、熱演を繰り広げられても、逆によけいに心が冷え切ってしまう気がしますね。今後、どうなってしまうことやら……ヒヤヒヤしながら行く末を見守りたいと思います。

堀江宏樹(作家・歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『眠れなくなるほど怖い世界史』(三笠書房)など。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)。

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最終更新:2024/03/11 13:44
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