『ブギウギ』ドラマと徹底的に異なる逸話とは？　結婚と妊娠をめぐるヒロインの史実

最終週を控えたNHK朝のテレビ小説『ブギウギ』。半年にわたる放送のなかで、視聴者の涙をさらったエピソードといえば、ヒロインと愛助の悲恋、そして愛子の誕生でしょう。ドラマでは描かれなかった実際のエピソードと「疑惑」について、歴史エッセイスト・堀江宏樹氏が解説します。

目次

・ドラマと徹底的に異なるエピソード
・エイスケが結婚と妊娠を母親に話さなかったのは明らか
・エイスケの姿を最後に見た時期に浮かぶ疑問

ドラマと徹底的に異なるエピソード

　朝ドラ『ブギウギ』のヒロイン・福来スズ子のモデルの歌手・笠置シズ子も戦後すぐ、シングルマザーとして生きることを選択せざるをえない状況に直面しています。しかし、現在以上に差別と偏見が強かった当時、「父なし子」を産み、シングルマザーとして赤ちゃんを育てることには、ドラマで描かれている以上の苦労がありました。

　昭和22年（1947年）6月1日、笠置は婚約者だった吉本エイスケに見守られることなく、一人でエイ子という女の子を出産し、その母親となりました。その12日前にあたる、5月19日夜10時20分にエイスケは大阪の地で亡くなってしまっていたからです。

　しかし、それ以前から笠置は一人ぼっちで妊娠の日々を過ごしていました。エイスケが、笠置との結婚をなんとか母親にも認めさせるといって、実家がある大阪に戻っていたのです。笠置の自伝『歌う自画像』（宝島社）によるとエイスケも肺結核を患っていましたが、彼が帰阪したのはドラマで描かれたように病気療養が目的ではなく、あくまでその母親・吉本せいの病気の看病が主目的だったようです。

　当初は「秋には東京に帰る」といっていたエイスケですが、「風邪をこじらせた」などの理由でいつまでも戻ってこず、ついに本当は重病であることを笠置が知らされるまでの経緯は、史実もドラマも同じです。

　しかし、ドラマと徹底的に異なるのが、史実のエイスケは母親に笠置とのことは一言も話さず、もちろん笠置が自分の子を妊娠していることも告げぬまま、亡くなってしまった点です。

エイスケが母親に話さなかったのは明らか

　笠置の出産予定日は、昭和22年（1947年）5月10日前後とされていました。もし、笠置がエイスケが亡くなる前に出産できていたのなら、さすがにエイスケ本人は危篤でも、彼の叔父で、吉本興業重役の林弘高常務（当時）が二人の関係に同情的だったので、なんとかエイ子だけでも、エイスケの戸籍に入れることが可能だったかもしれません。

　同じシングルマザーでも、エイ子が笠置の本姓を引き継いだ「亀井エイ子」ではなく、「吉本エイ子」の母になれていたとしたら、笠置の立場もよくなっていたでしょうし、エイ子の人生もかなり有利になったはずです。この時から約3年後、吉本せいが亡くなるため、少なからぬ財産分与も期待できたでしょう。

　笠置の自伝は、おそらく父親を知らぬエイ子のため、自分とエイスケの馴れ初めを描いた備忘録であり、もしもの際にエイスケの実家である吉本家の庇護を受けるため、笠置とエイスケの馴れ初めをよりよく描く必要があるため、エイスケや吉本家のことは絶対に悪くは書けないという部分はあったかもしれません。

　それでも本当なら、口先では「笠置との結婚を母親に認めさせる」と息巻いていたエイスケが、実際は笠置とエイ子のために動かなかった（動けなかった）のは明らかで、客観的な描写を目指すのであれば、そんな彼に対する恨み言がもう少し書かれていてもおかしくはなかったはずですね。

エイスケの姿を最後に見た時期に浮かぶ疑問

　笠置がエイスケの死を知ったのは、彼が亡くなった翌日、昭和22年（1947年）5月20日でした。また、笠置がエイスケの姿を最後に見たのは自伝によると、昭和21年（46年）6月のことでした。しかし、ここで困った事態にわたしたちは直面してしまうのです。二人が最後に会ったのが、本当に6月だった場合、妊娠期間の計算が合わなくなってしまうのです。エイ子が産まれたのは予定日より20日ほど遅れた、昭和22年（1947年）6月1日でしたから、基本的には、8月中旬～9月初旬くらいに行為がなければいけないという計算になるのですね。

　6月に別れたまま、「秋が冬になり、春が再び訪れてもエイスケさんは二度と私のそばには帰らぬ人になってしまったのです」という自伝の記述には、何かのウラがあるのか、単なる笠置の思い違いだったのか……。

　別の男の子ということは意外と硬派というか、エイスケ以前には浮いた話もなく、「エロぎらい」で知られた笠置にはありえないと筆者には思われるので、東京から関西までお忍び旅行でもしたのでしょうか。

　もしくはゴーストライターが、笠置の談話を間違えて記録しまったとかもありうる話かもしれません。その場合、本になってから、大事な部分のミスであるがゆえに訂正するとよけいに怪しまれるため、笠置は今日まで沈黙を貫くしかなかったのかもしれません。

　まぁ、実際、こういうことに気づくのは大概、イケズな読者だけでしょうし。釈然としないものはありますが、これ以上の臆測は今回はもうやめておくことにします。