コラム
【堀江宏樹の歴史の窓から】

フジ『大奥』、問題がある演出とは? 家治「罪の子」設定や添い寝は史実ガン無視

2024/03/01 15:40
堀江宏樹(作家・歴史エッセイスト)
厄介な設定を背負わされた家治を演じる亀梨(写真:サイゾーウーマン)

1月18日に放送が始まった『大奥』(フジテレビ系)。小芝風花がヒロインを務め、KAT-TUN・亀梨和也やSnow Man・宮舘涼太も出演することで話題を集めていたものの、いざ始まると評判は芳しくない様子。同シリーズの熱心なファンである歴史エッセイスト・堀江宏樹氏から見た、今作の残念なポイントとは?

目次

大奥の「しきたり」は実際にはなかった
『大奥』第5回、演出に問題あり? 謎設定続々
今期は史実ガン無視、歴史ファンタジードラマ

大奥の「しきたり」は実際にはなかった

 今期のドラマにも登場した、公家(皇族)出身の御台所には将軍の子どもを生ませないという大奥の「しきたり」。徳川家治が五十宮倫子とは添い寝しかしない理由もそれだと判明したのが、ドラマの第5回でした。このようなルールは本当にあったのでしょうか?

 答えは断然「NO」です。

 15人いた徳川将軍のうち、13人が京都から迎えた公家もしくは皇族を御台所(正室)に迎えているのですが、その中で、わが子を将軍の座につけることができた御台所は一人もいません。しかし、それは大奥の「しきたり」とか、奥女中たちの工作の結果とか、そういうワケではないのですね。

 たとえば三代将軍・家光は、鷹司孝子(たかつかさ・たかこ)という高位の公家出身の女性を御台所として迎えましたが(フジ版『大奥』の孝子は木村多江さん)、彼女との間に子がいないのは二人の不仲が原因でした。しかし、ドラマには描かれませんでしたが、家光は孝子の弟、鷹司信平については寵愛しているのです。いくら家光に同性愛的傾向が強かったとはいえ、孝子は不条理を感じずにはいられなかったでしょう。

 家光とは対照的なのが6代将軍・家宣のケースで、彼は近衛熙子(このえ・ひろこ)という、やはり高位の公家出身者の御台所とはかなりラブラブでした。煕子は延宝9年(1681年)8月に豊姫を出産しましたが、娘の命はわずか2カ月ほどしかありませんでした。それでも、煕子は、2代将軍・秀忠の御台所・江以来、74年ぶりに将軍の子を授かった御台所だといわれています。

 豊姫が生まれたのは、まだ家宣(当時の名は綱豊)が将軍に就任する以前の話だったので、正式には煕子も御台所とはいえないかもしれませんが……。煕子は家宣との間に男の子も授かっているものの、その子も短命に終わってしまったので、彼女が将軍の生母になるという望みを叶えることはできませんでした。

『大奥』第5回、演出に問題あり? 謎設定続々

 しかし、『大奥』ドラマの第5回では、侍女のお品が、倫子に「上様のお渡りがあっても、倫子さまとは添い寝しかしない理由がわかった」として、将軍家の系図が書かれた巻物を例に説明していましたよね。

 御台所に子どもを生ませないのが大奥の「しきたり」だと倫子だけでなく、視聴者も納得させるために系図が映されましたが、その内容に史実性はありません。実名を使っているので、少々、問題がある演出ではないかと思います。録画を一時停止して確認しましたが、近衛煕子が夫の6代将軍・家宣との間に一男一女を授かった事実もスパッと無視されていました。

 そもそも朝廷の政治介入を避けるために、公家・皇族出身者の女性に将軍の子どもを生ませないのが大奥の「しきたり」なのであれば、家治の母親・お幸の方も、9代将軍・家重の側室であったにせよ、公家出身ですし、そもそもお幸が家重から寵愛されるようになった理由は、お幸が仕えていた比宮増子(なみのみや・ますこ)という皇族出身の御台所が家重の子を早産し、亡くなってしまったからです。

 まぁ……、今回の『大奥』では、家治でさえ、牢にいた謎の男とお幸の方が不倫して生まれた「罪の子」にすぎず、9代将軍・家重の血を引いていないという謎設定を押し付けられているので、お幸の方の出自が歪められていても、もはや想定内といえるでしょうか。

今期は史実ガン無視、歴史ファンタジードラマ

 また、公家や皇族出身者の女性を将軍が寵愛したという理由で、彼女たちが大奥内でいじめに遭うというような理屈はありえません。6代将軍の御台所だった近衛熙子は名実ともに「大奥のドン」のような女性で、彼女は名実ともに御台所を頂点とした社会に大奥を作り替えているのです。近衛熙子がプッシュしてくれたから、家治の祖父・吉宗は将軍になれたともいわれていますね。

 それゆえ、6代将軍以降、お世継ぎの男児を授かった側室でも、御台所をさしおいて奥で幅を利かせるようなことはできなくなりました。要するに今回の『大奥』でいじめられまくる御台所という設定自体が完全にフィクションなのです。

 今期の『大奥』は史実ガン無視の傾向が強く、歴史ドラマというより歴史ファンタジーと化しています。しかも、史実改変がドラマの魅力を高める結果にはつながっていないという困った事態なのです。

今期の『大奥』で、登場人物の名前など基本要素以外で、史実を反映している部分といえば、姫路城の天守閣が、江戸城の天守閣としてドーンと映し出されないことくらいでしょうか……。たしかに3代将軍・家光時代の「明暦の大火」によって江戸城の天守閣は焼失しており、その後も再建されていないのですが、「そこだけ史実に配慮ってどういう理屈?」と思ってしまいます。

 出てこないといえば、かつてのフジ版『大奥』では赤い紙に包まれたヤバい薬が頻繁に登場し、御台所や側室の懐妊を阻止したり、堕胎させたり、奥女中たちがやりたい放題するのが通例でしたが、今期はその「赤い薬」も登場しませんね。コンプライアンスへの配慮かもしれませんが、長年の『大奥』ファンとしては、少々物足りないものがありますね……。

堀江宏樹(作家・歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『眠れなくなるほど怖い世界史』(三笠書房)など。最新刊は『日本史 不適切にもほどがある話』(三笠書房)。

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最終更新:2024/03/04 09:17
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