フジ『大奥』に毒が足りないのは、栗山千明「松島」の設定ミス? 史実における家治との関係とは
1月18日に放送が始まった『大奥』(フジテレビ系)。小芝風花がヒロインを務め、KAT-TUN・亀梨和也やSnow Man・宮舘涼太も出演することで話題を集めていたものの、いざ始まると評判は芳しくない様子。同シリーズの熱心なファンである歴史エッセイスト・堀江宏樹氏から見た、今作の残念なポイントとは?
目次
・史実における徳川家治と五十宮倫子の出会い
・家治を出産後、母・お幸の方は座敷牢に放り込まれた
・家治と倫子は恋愛結婚に近かった
・史実における家治、倫子、松島、お知保の方の関係
・時代モノでしか描けない業深い関係がある
史実における徳川家治と五十宮倫子の出会い
今回からは「ここが変だよ、今年の『大奥』」として、史実どおり映像化したほうが面白かったのでは……と感じられる点について語っていこうと思います。
まず、史実における徳川家治と五十宮倫子の出会いについてお話しましょうか。小芝風花さん演じるドラマの倫子からは、以前に会ったことがあるが、「ヘビのような目をしていて、何を考えているかわからず、不気味な男だった」などとケチョンケチョンに言われている徳川家治(亀梨和也さん)ですが、本当に結婚する前に、皇族(ドラマでは公家)の姫の倫子と、徳川将軍家の世継ぎであった家治が実際に会えていたのかという疑問を抱いた方もおられるでしょう。
意外かもしれませんが、答えは「YES」、それも何度も会ったことがあるのが正解なのです。それは、不幸な幼年時代を過ごした家治のために、彼の祖父・吉宗が配慮したがゆえの特例的措置ではありましたが……。
ここですこし話が脱線、あるいは前回のコラムと内容が少々重複しますが、ドラマでは散々な描かれ方だった家治の父母についてくわしくご説明しておきます。
家治を出産後、母・お幸の方が座敷牢に放り込まれたワケ
家治と倫子の婚儀が決定したのは、寛延元年(1748年)の秋で、これは彼が実母・お幸の方を失った年でした。家治の父親は九代将軍・家重です。御台所(正室)は比宮増子(なみのみや・ますこ)。つまり、皇族でした。徳川幕府は、九代、十代将軍と連続して皇族女性を京都から迎えていたのですね。しかし、享保18年(1733年)、増子は23歳の若さで亡くなりました。家重の子を早産してしまったからです。
増子が亡くなると、家重に側室としてあてがわれたのは、増子のお付きの女性だったお幸の方でした。京都から増子に付き従ってきたお幸は公家の娘で、家柄がよかったということもあるでしょうが、当時は関西の女性――とくに京都出身者こそが美女だとする根強い「産地ブランド」があったのですね。
家重とお幸は仲が良かったのですが、彼女が竹千代(のちの家治)を産んだあと、関係が変わっていきます。家重が、最初は政治的理由で押し付けられた別の女性――それも(一説に)吉原の名店・三浦屋出身のお逸の方に溺れ、さらに生活が乱れるようになっていくと、お幸はその都度、注意を重ねていたようです。家重の心は、オカンのように口やかましいお幸から離れてしまいました。
お幸にも女としてプライドがあったので、家重と、彼が寵愛していた「西坂某の娘」なる側室未満の女がセックスしているところに踏み込んでいって、「荒淫はお体に障ります」などと声を上げる事件を起こしてしまいました。激怒した家重は、竹千代の母である彼女を座敷牢に放り込んだというのが、第3回のドラマでも描かれた監禁事件の詳細な真相です。
史実ではお幸の方は救いだされてからもしばらくは生きていましたが、家重からは徹底的に無視されたのち、33歳の若さで、大奥の片隅でひっそりと亡くなりました。
家治と倫子は恋愛結婚に近かった
いがみあう父母の関係を見て育ち、母親を早くに失ってしまった不幸な家治なのですが、祖父・吉宗のアイデアで、浜御殿(現在の浜離宮)に滞在している五十宮倫子のもとを何度も訪問してデートを重ね、倫子もまた大奥を訪問するなどして、結婚前に関係を深めることができました。史実の二人は恋愛結婚に近いゴールインをしたということです。
史実の吉宗は、時代劇『暴れん坊将軍』(テレビ朝日系)で描かれたほど巷をウロウロしている人物ではなかったものの、「人間らしさ」とは何かがよくわかっていた御仁でした。
また、ドラマの倫子からは「ヘビの目男」呼ばわりの家治ですが、史実では倫子とは結婚当初からラブラブでした。ですから現在にいたるまで、ドラマで繰り広げられているイザコザにはまったく史実性がないのですね。
史実性は時代ドラマの「背骨」のようなものですし、歴史において「事実は小説よりも奇なり」――つまり、史実のほうが創作部分よりも面白いとなることはよく起きるため、ドラマに視聴者が物足りなさを感じても致し方ありません。
史実における家治、倫子、松島、お知保の方の関係
ドラマではしょっちゅうモメている2人ですが、史実の家治と倫子の関係に最初の影が差し始めたのは、家治の子を倫子が懐妊、出産しても生まれるのが姫君ばかりであった時期からです。周囲から「御台様(倫子)は女腹」つまり、徳川幕府を継げる男子ではなく、女子しか産めない御体質なのでは……という批判があがったのでした。
倫子は宝暦6年(1756年)に長女・千代姫(2歳で夭折)、そして宝暦11年(1761年)8月に次女・万寿姫(13歳で夭折)を授かっています(史実では万寿姫が誕生する前年に、家治は急死した家重の後をついで十代将軍に就任しているので、ドラマでは相当に時間軸の乱れも生じているわけですね)。
こうして家治が迎えることになったのが、ドラマでは栗山千明さん演じる松島という奥女中の息がかかった御中臈・お知保の方(森川葵さん)でした。
お知保は待望の男子を見事に出産したのですが、あくまで家治は「最愛の女性は倫子だけ」という姿勢を崩そうとせず、お知保は体を世継ぎ誕生の道具として利用されただけでした。しかも家治の希望で、お知保が腹を痛めて産んだ男子は倫子に取り上げられてしまい、倫子を母親として育ったのです。
また、お知保とほぼ同時期に家治は二人目の側室として、京都からの輿入れの時から倫子に付き従ってきたお品という女性を側室にしています。ドラマにも西野七瀬さん演じるお品という同名キャラがいますので、史実ではあくまで松島VS倫子という構図だったのですね。松島サイドは形だけは「勝ち組」になったようですが、永遠に倫子からは家治の寵愛を奪えずじまいだったのです。
時代モノでしか描けない業深い関係がある
また、ドラマの松島が「若すぎる」と前回のコラムで指摘した一番の理由は、史実の松島が家治の乳母だった女性だからです。ドラマに松島役として栗山千明さんを起用するのであれば、ミステリアスな美貌の栗山さんには年齢不詳の大奥の魔女を演じてもらって、家治に対する秘められた、そして歪んだ恋心を抱いているように描けば、より『大奥』らしさが出せたのではないか……と感じています。
徳川将軍家の大奥はともかく、室町幕府将軍の足利家では、乳母とデキてしまう将軍がけっこういました。お乳を吸っていた女性から性教育を受け、そのままズルズルと愛人関係を持ち、子どもまで産ませる将軍というのは、現代人の目には変態的に映るかもしれませんが、こういう時代モノでしか描けない業深い男女の関係でもあるわけです。
栗山さんなら絶対に演じられる設定だったと思うので、トライしてほしかったですね。まぁ、今後、ドラマでも松島=家治の乳母設定などは登場してくるかもしれませんが、今年の『大奥』が物足りないのは設定や物語に「毒」が足りなすぎるからでしょう。せっかくの実力派キャストが揃っているのにもったいなく感じてしまいます。
女同士のいがみ合いなどが要素としては頻繁に描かれても、それらの要素同士が繋がりあって、「女の業」という物語にはならないのが、本作の残念なところといえるでしょう……などと文句をいいながらも、やはり来週の放送も見てしまう筆者ではあります。