岸優太のような俳優は滅多にいないといえる理由――『Gメン』『すきすきワンワン!』等身大の青年を演じられる魅力
――ドラマにはいつも時代と生きる“俳優”がいる。『キャラクタードラマの誕生』(河出書房新社)『テレビドラマクロニクル1990→2020』(PLANETS)などの著書で知られるドラマ評論家・成馬零一氏が、“俳優”にスポットを当ててドラマや映画をレビューする。
岸優太が主演を務める映画『Gメン』は、くだらないギャグと派手なアクションが矢継ぎ早に展開される青春コメディ作品だ。
物語の舞台は4つの女子校に囲まれ、「卒業までの童貞喪失率120%」とウワサされる男子校。問題児ばかりのG組に転入した門松勝太(岸)は、仲間たちと一緒にナンパに励むが、そのことをきっかけに、不良グループの激しい争いに巻き込まれていく。
岸が演じる門松は、女の子と付き合うことしか頭にない平凡な高校生に見えるが、実はケンカの達人。さらに、軽薄で物事を深く考えていないように見えるが、実は人の気持ちを察することのできる優しい男で、そんな門松に救われていく仲間の姿が物語の肝となっている。
また、本作にはケンカのシーンが多いのだが、岸はノースタントですべての殺陣を演じきっており、ダンスで鍛えた躍動感のあるアクションを披露している。
だが、アクション以上に驚かされたのが、等身大の高校生が抱える生々しい感情を全身で表現しきっていたことだ。岸は現在27歳で、高校生を演じるには歳をとりすぎていると最初は思ったが、違和感は全くない。アイドルとしてのオーラがいい意味で抑えられており、こんなに地に足のついたリアルな芝居ができる俳優だったのかと、改めて驚かされた。
岸優太主演『お兄ちゃんガチャ』はブラックコメディだった
2009年にジャニーズ事務所に入所し、2018年から今年の5月まで人気アイドルグループ・King&Prince(以下、キンプリ)のリーダーを務め上げた岸だが、俳優としての岸を最初に認識したのは15年に放送された野島伸司脚本の深夜ドラマ『お兄ちゃんガチャ』(日本テレビ系)だった。
本作は、小学生の雫石ミコが「お兄ちゃんガチャ」と呼ばれるカプセルトイを回すことで「理想のお兄ちゃん」を求める寓話仕立ての物語だ。岸が演じたのは、ミコが初めてガチャで引いたクールなお兄ちゃん・トイ。意地悪なことばかり言うトイの代わりに別のお兄ちゃんをガチャで当てようとするミコだが、理想のお兄ちゃんはなかなか当たらず、すぐに返品してしまう。
劇中に登場する「お兄ちゃん」を演じたのは岸も含めたジャニーズJr.だったこともあってか、女の子に強く求められるが、嫌なところが少しでもあるとすぐに返品されてしまう「お兄ちゃん」たちは、少女たちに消費される男性アイドルそのもののようにも見えた。つまり本作はアイドル文化をアイドル主演で皮肉ったブラックコメディだったと言える。
岸に求められた役割はジャニーズJr.としてのアイドル性だったため、俳優としての評価を下すのは、この時点では難しかった。だが、華やかなお兄ちゃんたちの中で一人だけ無愛想にたたずむ岸の姿は、強く印象に残った。
その後、コンサートやCDリリースに加え、バラエティ番組に“天然キャラ”として出演するなど、キンプリとしての活動が多忙になったこともあってか演技の仕事からしばらく離れていたが、21年の『ナイト・ドクター』(フジテレビ系)をきっかけに、少しずつ増えていく。
『ナイト・ドクター』『すきすきワンワン!』俳優・岸優太の強さは、自分をカッコよくみせようとしないこと
『ナイト・ドクター』は夜間勤務専門の救急医「ナイト・ドクター」として招集された若き医師たちの青春群像劇。岸が演じた深澤新は、両親を早くに亡くし、病気がちの妹の面倒をみながら働く元内科医のナイト・ドクターだが、仕事に対する情熱が薄いため、救命救急現場の過酷さについて行けずに、すぐに音を上げてしまう。そこにはキンプリで見せるキラキラの王子様とは違う、まだまだ未熟で頼りない20代の青年がいた。
医療ドラマは初めてだったため、第1話での演技はややぎこちなく感じたが、話数を重ねるごとに馴染んでいった。その結果、役者としての岸の成長とナイト・ドクターとしての深澤の成長する姿がシンクロし、見応えのある芝居となっていた。
真面目で優しいが消極的で覇気のない青年が成長していく姿を演じさせると、岸は見事にハマる。
今年4月に連続ドラマ単独初主演を務めた『すきすきワンワン!』(日本テレビ系)は、等身大の青年としての岸の魅力が強く打ち出された傑作だった。
本作で岸が演じた雪井炬太郎は、会社を辞めて引きこもっている無気力な青年。そんな炬太郎の前に、小学生の時に飼っていた犬・てんの生まれ変わりだと名乗る青年・木ノ宮天(浮所飛貴)が現れるというファンタジードラマとなっていた。
今作も、死んだような目をして諦めた口調で語る序盤の岸の姿が印象的で、だからこそ天と出会ったことで、じわじわと自分らしさを取り戻し社会復帰していく炬太郎の、成長していく姿が魅力的に映っていた。
自分をカッコよくみせようとせず、弱さや情けなさがだらしなく漏れ出している姿をさりげなく演じられることが、俳優・岸優太の強さである。それは、今の若者が抱えている漠然とした気分を掴んでいると言い換えることもできるだろう。
9月末でジャニーズ事務所を退所する岸だが、今回の『Gメン』で、本格的なアクションが可能な卓越した身体能力と、どこにでもいる等身大の青年が演じられる演技力が証明された。彼のような俳優は滅多にいないため、これから映像関係者からのオファーが殺到するのではないかと思う。