岡田准一、「人生で一番ビビった人」はTOKIO・城島茂! J-FRIENDS活動当時を回顧
5月17日放送のTOKIOの冠番組『TOKIOカケル』(フジテレビ系)に元V6の岡田准一が登場。「人生で一番ビビった人」として城島茂の名前を挙げ、ネット上で反響を集めている。
今月19日公開の映画『最後まで行く』で共演している俳優・綾野剛とともに番組にゲスト出演した岡田。番組恒例の質問コーナー「友達ってことで聞いていいですか?」では、TOKIOからのさまざまな疑問に答えていった。
その中で、松岡昌宏は「人生で一番ビビった人は?」と質問。「いろんな方とお会いになったでしょう。その中でも『うわー、この人はすごかったな』っていう方いらっしゃったら教えていただきたい」と説明すると、岡田は「“今になって気づく”でもいいですか?」と前置きした上で、城島の名前を口に。
当の城島が「僕?」と戸惑う中、岡田は「『J-FRIENDS』とか(で一緒に)やらせてもらいましたけど、僕はめちゃくちゃ(年齢が)下で。(城島が)上の先輩で」と、阪神・淡路大震災から約3年後の1997年12月にTOKIO、V6、KinKi Kidsで結成されたチャリティーグループでの活動を振り返った。
当時、城島は30歳の最年長だった一方、岡田は最年少の20歳。岡田によると、城島は楽屋に入って来るなり、「おはよう!」と挨拶もそこそこに突然ダンスの決め技「ゲッダン」を繰り出したことがあったとか。
この突拍子のない行動を、岡田は「これってすごくないですか?」と大真面目な顔で話すも、松岡は「どういうこと?」と苦笑い。「後輩のところに行って、『おはよう』でいきなりゲッダン、ってやれます!?」と岡田があらためて訴え、松岡や国分太一は「やらないよね」「やれないか~」と納得していた。
さらに岡田は、「(自分だったら)『おはよう、頑張ってね』(と声をかける)くらいになっちゃう」と説明し、「自分が先輩の立場になったときに、『城島くんはすごかったんだな~』って」と、後から実感したそう。
なお、城島は当時の行動についてまったく覚えていない様子だったが、岡田に「そのとき楽屋ひとりだった?」と確認しつつ、「(森田)剛くんと(三宅)健くんがいたら多分してない」と発言。「やっぱり関西の一番下の子って意識があるから……」と、岡田は自身と同じ関西出身かつ最年少だったことから、城島なりにコミュニケーションをとっていたようだ。
このエピソードに、ネット上では「城島リーダーは関西人の岡田くんなら受け入れてくれると思って、おはようからのゲッダンやったのね」「剛くん健くんがいたらしてないって、可愛い」「城島くんなりに可愛がってくれてたんだな、優しい」「Jフレの話っていつ聞いても良いな」などの反響が続出。
また、すでにジャニーズ事務所を退所している森田と三宅の名前が出たことについて、「リーダーから『剛くん、健くん』呼びが飛び出したのなんかうれしかった」「リーダー、自然に2人の名前を出してくれてありがとう」と感謝の声も上がっていた。
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