妻夫木聡、『Get Ready!』のエースは不得手な役? キャリアの裏に隠された“苦手分野”
――ドラマにはいつも時代と生きる“俳優”がいる。『キャラクタードラマの誕生』(河出書房新社)『テレビドラマクロニクル1990→2020』(PLANETS)などの著書で知られるドラマ評論家・成馬零一氏が、“俳優”にスポットを当ててドラマをレビューする。
妻夫木聡が主演を務めた日曜劇場のドラマ『Get Ready!』(TBS系)は、仮面ドクターズと呼ばれる正体不明の闇医療チームが暗躍する姿を描いた医療ドラマだ。
仮面ドクターズの執刀医のエース(妻夫木)は、最新の医療機器を取り揃えたオペ室で、どんな難しい手術でも成功させる天才医師。しかし、性格は冷淡で高額な報酬を要求する一方、患者に「生き延びる価値」があるかどうかで、オペをするか否かの最終決定を下す。
多額の報酬を要求する代わりにあらゆる手術を成功させる闇医者という設定は、手塚治虫の漫画『ブラック・ジャック』(秋田書店)の令和版といった趣で、リアル志向が強い日曜劇場では異色作といえる。
エースを演じる妻夫木は、2003年に医療ドラマ『ブラックジャックによろしく』(TBS系、以下『ブラよろ』)で主演を務めている。『ブラよろ』は妻夫木にとって連続ドラマ初主演作で、妻夫木が演じる研修医の視点から、医療現場の過酷な現実を描いた「ブラック・ジャックにはなれない医師」の現実の苦悩を描いたヒューマンドラマだった。
あれから20年がたち、“令和のブラック・ジャック”といえるエースに妻夫木が挑んでいる姿を見ると、感慨深いものがある。
『ジョゼと虎と魚たち』で評価を得た妻夫木聡
高校時代にファッション誌「東京ストリートニュース」(学研パブリッシング)の読者モデルとして人気を博した妻夫木は、1997年の「アホポン・プロジェクト」で第1回グランプリを獲得したことをきっかけにホリプロに所属。その後、着々とキャリアを積み重ね、映画『ウォーターボーイズ』(01年)やドラマ『ランチの女王』(フジテレビ系・02年)といった当時の話題作に出演し、注目されるようになった。
俳優としての評価が決定的なものとなったのは、04年に出演した犬童一心監督の映画『ジョゼと虎と魚たち』だろう。
本作は、足に障害を抱えた少女・ジョゼ(池脇千鶴)と大学生の恒夫(妻夫木)の出会いと別れを描いた物語。祖母と暮らす民家に引きこもり、社会との接触を拒んでいたジョゼと偶然知り合った恒夫は、自然と彼女の家を訪ねるようになり、仲を深めていく。
恒夫は不思議なキャラクターで、誰とでも親しくなる人気者だが、一方で誰にも心を開いていないような冷淡さを抱えている。今風にいうと“リア充大学生”といった感じで、ほかの俳優が演じるとだいぶ嫌味な男になってしまうのだが、妻夫木が演じると、妙な愛嬌があって憎めない。
人間的魅力と言ってしまえばそれまでだが、この他人との距離の詰め方が見ていて心地よく、そこに嘘がないのが妻夫木の魅力だろう。また本作で妻夫木は本格的なベッドシーンにも挑戦しているのだが、障害を抱えたジョゼと抱き合う場面からにじみ出る2人の初々しい色気は、これまた見ていて心地いい。
何より評価を決定づけたのが、恒夫がジョゼと別れた後に泣き崩れる場面。2人が別れた理由は語られず、恒夫の「僕が逃げた」というナレーションで片付けられるのだが、自分から逃げたくせに失恋に傷つく彼の振る舞いが、とても身勝手なものだからこそ、とても人間味あふれるものとなっていた。この「泣き」の芝居で、俳優・妻夫木聡の評価は決定的なものとなった。
『Get Ready!』は妻夫木聡の苦手分野?
その後も、李相日監督の『悪人』(10年)や石川慶監督の『ある男』(22年)といった映画に出演し、妻夫木は国内外の映画賞を獲得している。40代の俳優の中で、一番うまいといっても過言ではない。
だが、『Get Ready!』を見ていると、彼のような名優でも不得手な役があるのかと、逆に驚かされた。妻夫木の演技は、ムダな要素を削ぎ落とした自然体のものとなっている。そのため、どんな役を演じても作品世界に綺麗に溶け込んでしまうのだが、唯一苦手としているのがケレン味の強いヒーロー性が求められる役。映画『どろろ』(07年)やドラマ『若者たち2014』(フジテレビ系・14年)といった主演作では、演技が空回りして、力を出しきれていないように見えた。
今回の『Get Ready!』のエースも、仮面を付けた闇医者チームの天才執刀医で、手術の始める時に「Get Ready!」と決め台詞を口にするヒーロー性の高い役である。しかもエースは、感情を露わにしないクールな男だ。そのため台詞も少ない難役だが、おそらく妻夫木は、自分の資質と合っていないとわかった上でこの役に挑んだのだろう。残念ながらその挑戦は成功したとは言い難いものの、果敢に挑戦した妻夫木の役者魂には敬意を払いたくなる。
今年3月7日、妻夫木は「サッポロ生ビール黒ラベル」の新CM完成披露イベントで、新たな一歩を踏み出す大人たちへのメッセージとして「抗い続けること」という言葉を選んだ。そして、夢を叶えたとしても、さらにもっと高みを目指すことが人間的な魅力につながるため、「満足せず、妥協せずに抗い続けてもらえたらうれしいです」と語っている。
おそらく妻夫木は、今後も俳優としての高みを目指し、自分には向いていない難役に挑み続けるのだろう。“ブラック・ジャック”への道はまだまだ険しいが、妻夫木の役者魂をもってすれば、いつの日かヒーロー役をものにできるのかもしれない。