統合失調症の虐待母を「おっとりした女性」に激変させた入院――自閉症と知的障害も発覚
“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)
そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。
統合失調症を患っていた母・良江さん(仮名・70)を医療につなげようと、黒沢美紀さん(仮名・45)は奔走し、ついに入院して治療を受けさせることができた。30年近く未治療だったので、もう元には戻らないだろうと言われていたが、奇跡的に良江さんに合う薬が見つかった。
おっとりした女性に激変した虐待母
ようやく良江さんを病院につなげ、入院させることができてホッとしたのもつかの間。父の昇二さん(仮名・75)は一人暮らしに堪えられなかったのか、良江さんを無理やり退院させてしまった。再び、美紀さんの元にも、怒鳴り散らす良江さんからの留守電が入るようになった。
「その留守電を主治医に聞いてもらって、母がちゃんと通院できているか、今後私に教えてほしいと頼みました」
主治医は、留守電を聞いて驚いていたという。
「母は入院中、何の問題も起こしていなかったそうで、主治医は『症状がひどくないから家に帰りたかったのかと思っていた』と言っていました。私が、『前はもっとひどかった。ましになったから病院にも連れて行くことができたんです』と言うと、納得していましたね。私の夫は『美紀が今ここに生きていることが奇跡なんです』とも伝えていたんです」
その後、良江さんは服薬を続けていくうちに、状態が安定してきた。「私は統合失調症っていう病気なんやて」と病識を持てるまでになったのだ。
「母は、おっとりとしたかわいい女性にガラリと変わりました。元の母はこんな人だったんだろうと思います。ただ、母には統合失調症だけでなく、自閉症や知的障害もあるとのことで、今後、介護が必要になる可能性は高いそうです」
その話を聞いた夫は、驚くべき提案をした。「ここにいたら、お義母さんに何かあったときに対応ができない。美紀の故郷に帰ろう」と。
虐待の記憶の残る地元に戻った美紀さん
そして、美紀さん夫婦は5年前、両親の住む地元に戻った。
30年ぶりに戻ったとはいえ、虐待を受けて育った美紀さんの心の傷が癒えていたわけではもちろんない。昇二さんと会うとフラッシュバックを起こしてしまう。それでも「父のことは嫌いやけど、何かあったときには助けちゃる」と思えるまでになった。
「何かあったとき」は、予想していたより早く訪れた。昨年12月、昇二さんが脳梗塞で倒れたのだ。良江さん一人では何もできない。美紀さんは良江さんに付き添い、昇二さんの病院や手続きに走り回った。
昇二さんもリハビリを頑張った。右手足に重篤なマヒが残ったが、4点杖をついて移動できるところまで回復して家に帰ってきた。
しかし、昇二さんは良江さんに感謝の言葉をかけるどころか、暴言を吐いた。
「理香(美紀さんの妹)はワシの言うことをすぐに理解して動いてくれるから賢い。それと比べて、美紀や良江はワシの言うことがわからんアホじゃ」
電話でも怒鳴られ、美紀さんの心はさらに大きく傷ついた。
そして先月、昇二さんは廊下で転倒し、大腿骨を折った。今も入院してリハビリ中だ。どこまで回復するかはわからない。歩行器で歩けるところまで頑張ろうと言われているという。
しかし、美紀さんはもう昇二さんのために動くことはできないのではないかと思う。
続きは2月12日公開