虐待親のいたずら電話は彼氏や友人にまで……「殺したろか」と怒鳴られても、母を助けるために動いた理由
“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)
そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。
黒沢美紀さん(仮名・45)は、統合失調症を患った母・良江さん(仮名・70)からの暴力に加え、良江さんに激しい暴力を振るう父・昇二さん(仮名・75)からは性的虐待も受けた。大学入学と同時に家を出て、その後結婚したが、ふたをしていた性的虐待の記憶がよみがえり、自殺を図った。一命を取り留めたが、今も自分と向き合い癒やす旅の途中だ。
実家を出てからも苦しめられた、母からのやまない電話
統合失調症を患いながらも、30年近く治療を受けさせてもらえないままだった良江さんを病院につなげたのは、美紀さんだった。美紀さんが30代半ばの頃のことだ。
「幼い頃から母にはつらい目に遭わされて、『お母さんなんか死んでしまえばいい』という気持ちがある半面、『お母さんを助けてあげたい』という気持ちもありました。母が父から暴力を受けているとき、祖父が『全部お母ちゃんが悪い』と言うのを聞いて、『それは違う』とも思っていました」
18歳で家を出てから、ほとんど実家には戻らなかったが、良江さんからは毎日電話が来る。大学から帰ると電話が鳴り続けていて、一晩中やまない。良江さんは『殺したろか』と何時間も怒鳴り散らす。受話器を離してうずくまっていると、良江さんは美紀さんが話を聞いていないことに気づき、美紀さんの下宿の大家さんや彼氏、友人たちにいたずら電話をかけて、『お前が電話に出ないから、こんな目に遭うんじゃ』と脅した。大家さんから泣くまで説教されたこともある。彼氏と別れた後も、良江さんは元カレの家に電話をかけ続けたため、苦情を言われたこともあった。
美紀さんが社会人になって、ようやくたどり着いた精神科医からは、「お母さんからの電話は、たとえ苦しめられても取らないようにしなさい。取ってしまうのは、あなたの弱さ」だと言われ、良江さんが友人にいたずら電話をかけても、良江さんからの電話は取らないようにしてからは、かかってこなくなった。
母からの「助けて」のメッセージを聞き、地元へ通うように
それから数年たったある日、美紀さんは留守電に良江さんからの「助けて」というメッセージが入っているのに気づいた。
「初めてお母さんがまともなことを言った」と驚き、連絡をしてみると、良江さんは定年を迎えることに不安になった昇二さんから背中を蹴られ、背骨にヒビが入っていたことがわかった。
「『助けて』と言っている今なら、今度こそ助けられるかもしれない」
美紀さんは夫と共に何度も地元へ通い、良江さんを医療につなげるため、保健所と連絡を取るなど奔走した。
しかし、当然のように昇二さんは非協力的だった。「ワシが言っても、お母ちゃんは聞かん」と匙を投げていて、とうとう良江さんを保健所に連れていくことはできなかった。
当時、地元に住んでいた妹の理香さん(仮名・43)は「姉ちゃん、もういいよ」と言い、夫も「お母さんを助けたいと思って動いたのは美紀なんだから、美紀がここであきらめても、誰も何も言うことはできないよ」と声をかけてくれた。
それでも、美紀さんは最後にもう一度だけ頑張ろうと実家に向かった。すると、良江さんはあっけないくらい簡単に病院へ行ってくれたという。
良江さんは、入院して治療することになった。担当医からは「未治療だった期間があまりに長いので、人格が壊れていて、もう元には戻らないかもしれない」と言われていた。ところが、さまざまな薬を試していくと、良江さんに合う薬が見つかったのだ。
続きは1月29日公開