母から刃物で刺され、父からは性的虐待……“記憶にふた”をして生き延びた女性が「親の介護」に直面したら
“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)
そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。
親との関係に苦しみ、葛藤しながら、それでも親の介護をしている子どもたちは少なくない。このシリーズでも、そんな方たちを紹介してきたが、今回登場してくれる黒沢美紀さん(仮名・45)ほど過酷な経験をしている人はいないのではないかと思えた。誰かと比べて、どちらがつらいか比較するものではないのはわかっている。それでも美紀さんの話はあまりに重いものだった。
統合失調症を患った母に刺される
美紀さんは現在、夫と猫2匹と暮らしている。精神科から強い薬をもらっているため、子どもを持つことは諦めた。
「複雑性PTSDとウツを患っています。それから4年前に、先天的な自閉症スペクトラム障害があることもわかりました」
美紀さんの抱えるPTSDは、両親によってもたらされたものだ。美紀さんは、父の昇二さん(仮名・75)と母の良江さん(仮名・70)、妹の理香さん(仮名・43)の4人家族で育った。良江さんは、美紀さんが2歳のときに統合失調症を患った。ところが診断を受けただけで、昇二さんは良江さんを通院させず、それから30年間治療を受けることがかなわなかった。
良江さんに食事を作ってもらえず、美紀さん姉妹は給食とカップラーメンでしのぐ毎日だった。洗濯をしても干してくれなかったので、濡れた服で学校に行くしかなかったという。
さらに、良江さんは家の中で暴れ狂った。良江さんから依存されていた美紀さんは、暴力を1人で受けることになった。
「私が母の前からいなくなると、トイレに行っただけでも極端に不安がり、『美紀! どこに行った! 殺すぞ、おんどらー!』と叫んで私を探し回っていました。買い物も、私と一緒でないとできません。3歳の時には、母から刃物で刺されたそうで、その傷跡が今もはっきり残っています。殺されかけたのはこれ以外にも何度かありました」
母を殴り、窓ガラスを割りまくる父
暴力を振るうのは良江さんだけではなかった。昇二さんのDVは、良江さん以上に美紀さんの心身を傷つけた。
「父は大企業に勤めていて収入は高かったのですが、人格的に異常なところがありました。突然スイッチが入って食卓をひっくり返したり、手当たり次第に物を投げ、家じゅうのガラスをたたき割ったりしていました。そして、母に対して、『殺してしまうのではないか』と怖くなるくらいの暴力を振るうんです。『ワシがどつき回したら、お母ちゃんはおとなしくなるんじゃ』と」
昇二さんが良江さんに投げつけたものが美紀さんを直撃することもあり、「私も死んでしまうのでは」と恐怖を覚えたそうだ。
昇二さんがいるときは、昇二さんが良江さんに暴力を振るう。昇二さんがいないときには、良江さんが美紀さんに暴力を振るう。美紀さんの家には常に暴力があった。
「父がガラスを割りまくるので、家の中には外の風がもろに吹き込んでいました。ガラスを母と一緒に片付け、割れた窓に新聞紙を貼るのが私の仕事でした。それでも小学生の私は、母を殴る父を見て『お母さんから私を守ってくれているんだ』と思い込もうとすることで、何とか自分を保とうとしていました。私の家族に、私を守ってくれる人は誰もいなかったのに……」
昇二さんはほら吹きで、自分を大きく見せようとする癖があったという。外では他人が怖くて、小さくなっている。大人の男性には何も話せないのに、女性や子どもの前では偉そうにする。
「弱い父が大きな顔ができるのは、小さい我が子の前だけだったのでしょう。私はいい子にして、父の話を『お父さん、すごいね』と一生懸命に聞いていました」