Netflix『D.P.-脱走兵追跡官-』に見る、韓国「徴兵制」の実態――「命令と服従」実体験を映画研究者が語る
兵役が義務付けられている韓国で、脱走は今も昔も重大な犯罪として扱われる。兵役を済ませることが、就職や進学、引っ越し、旅行など、ごく普通の社会生活を送るための基本条件となっているため、脱走はすなわち、韓国での「普通の生活」を諦めざるを得ないことを意味する。
さらに「脱走の罪」には時効がない。法律上は10年での時効が明示されてはいるものの、韓国国防省は脱走兵に対して定期的に「帰隊命令」を出しており、それに応じなければ今度は「命令違反の罪」が新たに付け加えられ、時効が自動的に延長されるというからくりだ。つまり、命令に従い帰隊(自首)しない限り、死ぬまで脱走を続けるしか道はない。
だが実際、命令に従って自首する脱走兵はほとんどおらず、逮捕されるか、身分を隠して逃げ回るか、劇中で描かれているように自ら命を絶つことになる。いずれにしても、脱走兵は出口のない袋小路に追い込まれるわけだ。
統計によれば、2017年から21年まで5年間の脱走兵は521名に上り、このうち3年以上逃亡を続けている1名を除いて、全員が逮捕されたという。自首した人は1人もいなかった。驚くべきは、これまでの脱走兵の事例の中には、最長となる33年間もの歳月を家族や友人とも一切の連絡を絶って隠れて生き、55歳で逮捕された人物がいたということだ。1962年に脱走、95年に逮捕されるまで、どんなに孤独でつらい人生を送ってきたのだろうか……。想像するだけで胸が張り裂けそうになる。
このように、人生が丸ごと破壊されるような「恐怖」こそ、国家が狙う何よりも強力な「脱走抑止策」にほかならない。だが、それにもかかわらず脱走が後を絶たないのはなぜだろうか。
その最大の原因といえるのが、『D.P.-脱走兵追跡官-』でも繰り返し描かれる、古参兵による理不尽な暴力や、性的羞恥心をあおるようないじめといった「虐待」である。軍隊内では、一般の社会では考えられないような人権蹂躙が日常的に横行している。