芸能
[連載]崔盛旭の『映画で学ぶ、韓国近現代史』
是枝裕和監督『ベイビー・ブローカー』、鑑賞前に知りたい韓国「ベイビーボックス」の実態
2022/06/24 19:00
親たちが身元を明かしたがらない背景には、儒教の伝統が重んじられる韓国で、未婚女性の出産が依然として恥ずべきことと軽蔑され、母親だけでなく、生まれてきた子どもまでもがひどい差別の対象となる、根深い問題が横たわっている。生まれて間もなく捨てられ、赤ちゃんが遺体となって発見される事件がたびたび起きているのも、そうした社会の偏見が生んだ悲劇にほかならない。
最近では、ベイビーボックスを支持する市民団体を中心に、親の実名を記さない出生届を認めて養子縁組を可能にする「秘密出産法」の制定と、「入養特例法」の再改正を求める動きも出始めている。こうした改善は、未婚の母と赤ちゃんの未来のために必要不可欠であると思う一方で、血のつながりを何より重視し、他人の子どもを受け入れることに極端な拒否反応を見せる儒教的血族意識の強い韓国で、たとえ法律を変えたところで国内の養子縁組が活性化するだろうかという疑問も残る。
国内に受け入れ先が見つからず、海外養子縁組に送られる子どもたちは昔より減ったとはいえ、他国に比べてまだまだ多い。さらに、養子縁組を“ペットの飼育”程度にしか捉えていない養父母による虐待事件も、いまだ数多く報道されている(20年に起きた「ジョンインちゃん虐待死事件」も記憶に新しい)。「どうせ他人の子」というゆがんだ意識から、いとも簡単に暴力にさらされる子どもたちもまた、韓国社会が生んだ被害者なのである。
長い年月の間に培われた、こうした悪しき伝統や意識を変えるのは、そう簡単ではないだろう。だがだからこそ、『ベイビー・ブローカー』を是枝が韓国社会に送ったメッセージとして捉えることが、本作を鑑賞する上で重要ではないだろうか。