親の年金で暮らす兄は、認知症になった母を放置していた――「そんな金どこにあるんだ」
“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)
そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。
「このままでは、施設の利用料を払えない……」
庄司美智代さん(仮名・51)は焦っていた。
母と暮らす兄は、すぐにキレて何をするかわからない
庄司さんは、10年ほど前に離婚し、派遣社員をしながらなんとか自分ひとり分の生活費を稼いでいた。実家の父は早くに亡くなり、母親(80)と兄(53)が二人で暮らしている。
「兄はおそらく発達障害だと思います。高校を卒業してから仕事をしても長続きせず、今はほとんど家から出ることもなく、母の年金で暮らしている状態です」
母親の年金――といっても大半が父親の遺族年金なのだが、母と兄が暮らすくらいならぜい沢さえしなければ十分やっていける程度の余裕はあった。母親が認知症になるまでは――。
「母が認知症と診断されてからは、隔週くらいで実家に帰って母の様子を見るようにしていたんですが、兄に母の世話を任せておくのは危ないと思うようになりました。兄は母と一緒に暮らしてはいるけれど、母のことを見ているとはとても思えません。母はお風呂にもちゃんと入っていないようだし、着替えもできていないようです。掃除が行き届かなくなって、明らかに家の中が荒れてきているのがわかるんです」
母親は要介護認定を受けていたが、兄が家に他人を入れるのは嫌だというので、ヘルパーも利用できなかった。せめてデイサービスに行かせてほしいと頼んでも、兄は「その必要はない」と拒む。
「兄はすぐにキレて、何をするかわからないので、無理強いもできません。母も兄に気を遣いながら生活しているのがかわいそうで……」
庄司さんは、兄の機嫌を損ねないよう、何度も実家に足を運び、兄と母親を説得した結果、何とか週1回デイサービスに通うことができるようになった。
母の認知症が一気に進んだ
「やっと一歩前進したと思っていたんですが、私の仕事が忙しくなって、しばらく実家に行けなかった間に母の症状が一気に進んでいたんです
庄司さんが久しぶりに実家に帰ると、家中汚れていて臭いもひどかった。母親はたびたび尿や便をもらしていたようで、汚れた下着も洗濯できていなかった。
「私が泊まったその夜、母はパジャマのまま外に出て行こうとするし、これはもう週1回のデイサービスでは追いつかないと思いました」