『最愛』5つのキーワードで読み解く! 新薬「850」の数字、弁護士バッジや白川郷の意味を徹底解剖
さて、仏教的にみて、創薬に情熱を注ぐ梨央は薬師如来に、足の速い大ちゃんは韋駄天と考察することができます。すると、加瀬さんは「賢の字」がある普「賢」菩薩に当てはめてみたくなり、慈悲の象徴ですから慈愛と正義に満ちた加瀬さんにはぴったりです。ちなみに悪知恵も働いてしまった後藤専務(及川光博)はさしづめ智恵の象徴、文殊菩薩と言えそうです。
これらは一見こじつけのようですが、神話や叙事詩、また聖書や仏典の類からシェイクスピアの悲劇まで、こういった象徴・図像でがんじがらめなのです。いかに神々(天体、時間の概念、数字など)を地上の生きとし生けるものに降ろして正しく配置(表現)するかが、古来からの「物語」の裏テーマで、これら象徴・図像がきれいに整っていると未来永劫残る「古典」になるともいえます。
そうなると、『最愛』制作陣は、ドラマ史に残る作品を作るというその一点のみの目標で挑んだのかもしれないと思えてなりません。このような図像学的考察を可能にしてくれる神話的・叙事詩的なドラマは、そうめったにないのです。
最後に。最愛の「愛」について触れることができませんでしたが、加瀬賢一郎を演じた井浦新さんが、最終回終了後にアップした写真で、その字の成り立ちを体現してくれています。
漢字字源字典『字統』(平凡社)によると、「愛」の字は「後ろに心を残しながら、立ち去ろうとする人の姿」なのです。
そして、あのダンテの『神曲』地獄篇冒頭のようでもあります。
人の生の道なかば、
ふと気がつくと、私は正しき道の失われた
暗き森の中を彷徨っていた。
これから地獄篇……そういうことなんですか? ……加瀬さん。
木下けいいち
フリーの出版専門メンテ屋さん。 世の中のあれこれを図像学的に読み解くのが趣味。 ヘッドホンはGRADO派の変態紳士。