「震えた字で『父ちゃんのバカ』って」――母は晩年、夫が浮気相手と一緒にいるという「幻覚」を見ていた
“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)
そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。
夫婦の関係は、晩年になって大きく変わることがある。「“良妻賢母”の代表のような母が……『冷蔵庫がしゃべる』『テレビが動く』と訴える、明らかな変化」では、妻のことが大好きだった夫が、ホームに入居後妻にひどい暴力をふるうようになった。「『長女の私に、とにかく厳しかった』監視する母とアル中だった父――老いた親を前に、娘の本心は」では、アル中の夫に暴力をふるわれ続けていた妻が、晩年にようやく夫と離婚することができたにもかかわらず、寝たきりになった夫を介護して看取った。夫婦って本当に一筋縄ではいかないな、と改めて思う。
今回ご紹介するのは、「認知症の夫に“熟年離婚”つきつけたワケ……『怒鳴られても言い返さない』貞淑な妻の反乱」で登場してくださった井波千明さん(仮名・56)だ。貞淑な妻であり、良き母でもあった義母は、老人ホームに入居後、夫を拒否するという驚きの行動に出たが、井波さんの実の両親も晩年、夫婦関係に大きな変化が起きたという。
▼認知症の夫に“熟年離婚”つきつけたワケ▼
父ちゃんのバカ
「ずっと仲の良い両親でしたが、晩年の母は父への悪いイメージに苦しめられていました」
パーキンソン病を患っていた母親は、その薬の副作用がひどかった。夫が浮気相手と一緒にいるという幻覚に悩まされていたのだ。
「父が亡くなったあと、父が自分のところに帰ってきてくれないのは、浮気しているからだと思い込んでいたようです。母の落書きノートに、震えた字で『父ちゃんのバカ』って書いてありました。父は、優しい人でしたから……」
井波さんが、隣県に住んでいた両親を近くに呼んだのは、父親にガンが見つかった10年ほど前のことだ。その前から母親はパーキンソン病を患い、ヘルパーと訪問看護を利用しながら、二人で暮らしていた。
「父のガンはホルモン治療だけで済むのか、それとも放射線治療をしたほうがいいのか、微妙な段階でした。実家近くの病院ではホルモン治療しかできず、積極的に治療するなら実家の県庁所在地にある病院か、はたまた弟が住んでいる県の病院か、どちらがいいのか迷っていました。すると夫が『うちの近くの病院にしたら』とあっけらかんと言ったんです。『私が見てもいいの?』と戸惑いましたが、そう言ってくれたことに感謝して、しばらくうちに来てもらうことにしたんです」