居住支援の現場から【6】

「母が苦手」という思いは消えていない――「出来そこない」と言われ続け、50代になってもなお苦しむ“母の呪縛”

2021/06/20 18:00
坂口鈴香(ライター)
写真ACより

 若宮由里子さん(仮名・53)は、長くゲーム依存症で仕事も長続きしなかった長男、祐樹さん(仮名・29)がようやく仕事を続けられるようになり、一息ついたところだ。祐樹さんが引きこもった原因は、父親から暴力をふるわれる母親を見ていたことではなく、優しすぎる故に気の強い自分や母ミヨ子さん(仮名・78)に「ノー」が言えなかったからではないかと思っている。

 そして、ミヨ子さんもまた夫から暴力を受けていた被害者だった。父親の死後、父親の苦しさや愛情が少し理解できた気がする。その一方で、母からの呪縛はまだ解けない。

▼前回はこちら▼

母からは「出来そこない」と言われていた

 話は、若宮さんと母ミヨ子さんの関係までさかのぼる。

 若いころから、若宮さんはしっかり者で気の強いミヨ子さんとことあるごとにぶつかり、反抗していたという。


「母からは『出来そこない』とののしられ続けていました。高校のときには1か月くらい学校に行かなかったり、警察に補導されたり……母から逃げたくて、大学入学と同時に下宿して、卒業してからは遊び歩いて、できるだけ家に帰らずにいました」

 それでも10年ほど前、ミヨ子さんに脊髄小脳変性症という病気がわかり、体の自由が利かなくなっていくと、若宮さんは車で1時間ほどかけて食事の用意に通うようになっていた。

「でも、子どもたちが家を出ると、住んでいた公団の家賃が最大まで引き上がったんです。母の病気が進んで車いす生活になって、祐樹も実家で引きこもっていたこともあり、私が実家の隣の土地を相続して家を建てて住むことにしました。実家に戻るのは後ろ向きでしたが、介護する手は必要だし、祐樹も今まで母のところに置いてもらっていたし、と自分に言い聞かせて実家に戻ったんです」

 幸い、ミヨ子さんの病気は進行が遅いタイプなので、車いす生活にはなったがまだ自分でできることも多い。

「認知症にはなりにくい病気らしいので、頭はしっかりしていて、施設に入るのはイヤだと言っています。お医者さんからはこの病気が治ることはないと言われていますが、『私はまだ大丈夫。また何でもできるようになる』と言っています。そう思いたいのでしょう。これから飲み込みも衰えていくらしいですが、常について見ているわけにもいかないので心配ですね」


 それでもやはり、「母が苦手」という思いは消えていない。

「だから夜勤があって仕事が忙しいことを理由に、母の介護は最低限のことしかしていません。母は他人に台所に入られるのがイヤなのでご飯だけはつくっていますが、そのほかは介護のプロに任せています。それでも母の面倒は自分が見るという気持ちがあるのも事実です」

母がしんどい 田房永子/〔著〕