34歳年下のガールズバー店員にフラれて脅迫! 逮捕された組員を元極妻がかばうワケ
以前は、親や教師の言うことを聞かない子どもたちを叱るのも、町の顔役の仕事でした。2011年に暴排条例が全国の都道府県で出そろうあたりまでは、素行の悪いカタギの若者を行儀見習い的に預かるヤクザも珍しくなかったんたんです。
たとえばフランスのジャン=ピエール・リモザン監督が日本のヤクザに密着したドキュメンタリー映画『Young Yakuza』(ヤング・ヤクザ、2008年公開)は、母親が持て余したナオキ青年を預かるところから始まります。
受け入れ先は熊谷正敏組長率いる稲川会系の碑文谷一家熊谷組。熊谷組長は32歳で稲川会専務理事、39歳で稲川会直参というヤクザ世界のエリートとして知られています。
カメラは、ナオキ青年が「部屋住み」としても文字通り事務所の部屋に住んで、お辞儀の仕方から家事全般まで、いろいろ教えてもらうところを追います。熊谷組長は青年に「(部屋住みで体験する)いいことや悪いことは、全部勉強だ。自分の判断で悪いことは切り捨てろ」と青年に諭します。この作品は、もう少し字幕が詳しいとよかったですが、記録映像としても、とても価値があります。
ただ、ほかの組はもっと厳しかったと思います。どつかれたり、灰皿が飛んできたりするのも普通ですからね。もしヤクザにならなくても、教えてもらったことは一生モノですよ。
もっとも部屋住みで修業をしたからといって、全員がきちんとできるかというと、そういうことでもないのですが……。
ちなみに若い方にはなじみはないかもしれませんが、あの清水の次郎長親分のノンフィクション『東海遊俠傅(ゆうきょうでん)』を書いた天田愚庵(あまだ・ぐあん)も、何かと困った若者だったようです。
心配した周囲の人から次郎長親分に預けられ、親分と意気投合して養子にもなっています。その頃に親分から聞いたお話をまとめて本にしたんですね。これをもとに浪曲や講談も作られました。
愚庵がノンフィクションを書かなかったら、次郎長親分も語り継がれなかったかもしれません。いろいろなご縁があるものです。