“飯テロ”エッセイ『きょうの肴なに食べよう?』『キッチハイク!突撃!世界の晩ごはん』、日常のなにげない「おうちごはん」が愛おしくなる
【概要】
「あなたの家のごはん、食べさせてもらえませんか?」そんなお願いを世界中でくり返し、インターネットや知人を介して世界各地の一般家庭におじゃまして、見て食べて体験した、普段のおうちごはんと人々の暮らしを綴った紀行エッセイ。2017年に単行本化されたものを文庫化に当たり分冊化。エピソードを厳選し、未収録コラムも加えて再編集されている。
『キッチハイク! 突撃! 世界の晩ごはん』シリーズは、約1年半をかけて世界120都市をめぐった著者が、各国の「ふつうの人が暮らすふつうの食卓」を訪ねて食事を共にした探訪記だ。キッチハイクとは、「旅先の見知らぬお宅を訪ねてごはんを食べる、言語や国籍、宗教の違う人たちと食卓を囲む、いわばキッチンをヒッチハイクする」行為を指す、著者による造語。『アンドレアは素手でパリージャを焼く編』には16カ国、『ソフィーはタジン鍋より圧力鍋が好き編』には15カ国を巡ったエッセイが収録されている。
世界各地に旅行すれば、その国の名物料理を口にする機会は多いものの、意外と「家庭では何を食べているのか」については知らないことも多い。多くの日本人が普段寿司や天ぷらばかり食べているわけではないように、アメリカでは、ボリビアでは、フィリピンでは、ポルトガルでは……などなど世界各国では日々何が食べられているのか――その実際が、著者の「突撃」によって明らかになっていく。
モロッコで「タジン鍋は盛りつけ用。だって、時間かかっちゃうもんね」と圧力鍋で調理された料理を供されたり、ブルネイでは無味無臭の水あめのようで、噛んではいけない料理「アンブヤット」に困惑したり、オーストリアの高級住宅地に身構える著者を、全身真っ黄色のスーツを着てレッドブルを持ったハイテンションな男性が出迎えたり――。
料理も人も、前知識や見た目から連想する先入観通りの時もあれば、イメージを覆すようなケースもある。旅行が続くにつれ著者は次第に「○○人はこんな性質だ」という先入観を外していく。「現地の人と交流して、暮らしのど真ん中を知れば知るほど、『この国はこうだ! この街はどうだ!』なんて、決めつけられなくなる気がする」「先入観や偏見がすべて間違いとは言わないが、事実と異なることは山ほどある。皮肉なことに、目で見て確かめて知れば知るほど、物事をひと言で語れなくなる」という彼の知見は、いくつものエピソードを経て説得力を持って響く。
「同じ釜の飯を食った仲間は、たとえ一期一会でも、尊く深い絆を得る」と信じる著者のエッセイは、どの頁にも食事を共にするホストへの信頼、そして人間そのものへの愛情が詰まっている。そんな著者だからこそ、時には言葉がほぼ通じない国でも初対面から友人のように迎えられ、なんとなく台所に入って共に料理を作ったり、一晩泊まってしまうほど馴染んでしまうのだろう。
食事は栄養を補給する行為だが、同時に人間関係を親密にしてくれるコミュニケーションのひとつでもある。いち家庭に、言わば突然飛び込んだ著者と、それを懐深く受け止めた各国の人々が交わす優しさとユーモアに富んだ会話は、食事以上のあたたかさで読者を満たしてくれる。
コロナ禍で、他人との気軽な会食や海外旅行はしばらく困難な時代になった。けれども、きっと今日も世界中のテーブルにはそれぞれの国の「普通の食事」が並べられていて、私たちの食卓も、その多様な「普通の食事」のひとつだ。本作を読んだ後なら、どんなに今日のメニューがあり合わせで適当だったとしても、何気ない食事の時間を愛おしく感じ、より楽しむことができるだろう。
(保田夏子)
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