「末期がんの父、離婚した息子」娘が見つめた家族の結末――母にとっては「願ってもないこと」と語るワケ
在宅介護をして2年あまりで、父親が亡くなった。
四十九日が過ぎ、納骨をした。そして初盆を迎え、1周忌を終えても、弟は家族のもとに戻らなかった。
「要は、母が弟を放さなかったんです。20年ぶりに戻ってきた息子と離れたくなかったに違いありません。母は介護が必要な状態ではありませんが、買い物や通院など一人では不便なので、一人暮らしをするのは無理だと弟に訴えたんでしょう。弟も優柔不断だから、母のそんな様子を見ていると、家族のもとに戻るに戻れず、ズルズルとこちらでの生活を続けるしかなかったんだと思います」
そうこうしているうち、業を煮やした弟の妻から離婚届が送られてきた。
「母にとっては願ってもないことだったんではないでしょうか。こうなるまでに、弟と奥さんの間でどんなやりとりがあったかはわかりません。でもこのときには弟も覚悟ができていたようで、すんなり離婚が成立しました」
こうなると母親は強かった。父親が遺した金で、弟に手に職をつけさせたのだ。ずっと非正規でしか働いたことのなかった弟は、この資格のおかげで、50歳間近にして地元の建設会社に就職がかなう。
お見事。というか、母親の本領発揮というか。いつまでたっても、母は母。情けないほど、息子も子どもだ。
それでも母親は息子との二人暮らしに満足し、糸野さんの足が遠のいていても気にするふうはない。終わりよければすべて良し……と言ってよいのだろうか。
「今は弟が仕事でいない間に、ときどき実家の様子を見に行く程度です。息子のためにと思うのか、母もちゃんと家事をしているようで、皮肉なことですが安心ですね。とはいえ、母も80代。この生活がいつまで続けられるか……」
弟の子どもの養育費や、子どもとの関係など、詳しいことは弟とは不仲なのでよくわからない、と糸野さんはいう。しかし、もし今後母親に介護が必要になったら、さらに母親が亡くなって弟が一人になり、そして老いていくとしたら、この母子関係も姉弟関係も、はなはだあやうい。
母親の介護はまだ何とかなるだろう。糸野さんもいるし、弟もいる。でも、母親がいなくなったら? 家族を失い、一人になった弟は、その後どう生きていくのか。母親が自分の家族を奪ったと、恨むことにならないだろうか。もしも、介護が必要になった母親に、その恨みを向けることになれば……? 筆者の杞憂であればいいのだが。