老いた母親と息子の屈折した愛情ーー「孝行息子」と評判だった男たちの暴走
“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)
そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。「『母親と一緒にいつのが子どもの幸せ』ある娘を介護する親、『子どもと離れられない』と語る言葉の先」で、息子を手放すことができなかった母親について触れた。
井波千明さん(仮名・55)の友人の義母は、障害のある息子を施設に入れるも、1年もたたないうちに退所させて自宅に戻した。自分たちが老いて、いなくなったあとも一人で生きていけるように、と施設に入れたが、山奥にある施設での集団生活を中途で不憫に思ったのだ。そんな母親の思いとは裏腹に、息子は親しくなった入所者やスタッフと泣いて別れを惜しんでいた。施設スタッフから友人は、「お母さんが息子さんから離れられないと、難しいですね」と言われたという。
「『突然大声を上げて怒り出す 』要介護4の父と生活保護の兄……30代女性が背負った“家族”と“介護”の現実」では、中村万里江さん(仮名・35)の母親が、一時期引きこもっていたものの、今は関西で生活保護を受けて暮らしている兄を心配し、家に戻したいと言い出した。母親の過剰な支援により、兄をまたダメにしてしまうことを恐れた中村さんは、「兄を家に戻すなら、もう二度とかかわらない」と反対したが、中村さんの判断は賢明だったと言えるだろう。
母と息子の屈折した愛情
高齢者施設を運営する人たちからは、子ども、特に息子と老いた母親の関係について、さまざまな声が聞かれる。
「施設にいる母親が毎日『息子が会いに来てくれない』と嘆いているのに、息子が来ると『私は大丈夫、心配しないでいいからね』と明るくふるまう。そして翌日にはまた『息子が会いに来てくれない』と繰り返す」と高齢者施設の職員。
逆に、息子の母親への思いに戸惑うことも少なくないという。ある医師は、「お母さんのことが大好きな息子さんから『胃ろうでも、点滴でもいいから、とにかくお母さんを長生きさせてほしい』と哀願される」と嘆息する。
一方でこんな例もある。「マスコミにもよく登場するある男性は、毎月のように海外に出張されて、超多忙ななかでも、出張帰りには必ずお母さまの顔を見にいらっしゃいます。こちらが頭が下がるほど、親孝行な息子さんは多い」とホームの生活相談員はいう。このホームはかなり高額な利用料で有名だ。
かと思うと、こんな痛ましいニュースもあった。新型コロナウイルス感染拡大により、特別養護老人ホームに入所している母親と面会ができなくなったため、「親孝行がしたい」と90代の母親を引き取った息子が、ホーム退去の翌日母親を殺して自殺した。母親がホームに入所中、息子は毎日のように見舞いに行き、朝から晩まで付き添っていて、「孝行息子」と評判だったという。
こうした「評判の孝行息子」が、何かのきっかけで、この事件のように親を殺してしまったり、虐待したりと、濃い愛情がまったく逆方向に暴走してしまうということも少なくないというのだ。