「男性は性欲を制御できない」という認識が、あらゆる問題を煙に巻く――性教育、AV、戦隊モノが生む古い価値観
――政治や司法に影響するほど、世の中全体にはびこる根深くかたくなな価値観は、変わっていくものでしょうか?
斉藤 誰も小さい頃から「将来の夢は痴漢です」なんて思っていないですよね。生きていく中で、家庭や学校、メディア、そして社会を通して学習してしまった行動なんです。今の日本社会に前提としてある価値観を変えていかないと、加害者はどんどん再生産されていきます。
栗原 その通りです。たとえば幼少期に見る戦隊モノは、物事を暴力で解決しますが、これは社会全体に暴力容認意識、つまり「悪いことをしたら殴ってもいい」といった考えがあるからだと感じます。
――テレビのフィクションと自分の思考が一体化してしまう人がいるんですね。
斉藤 ある性暴力加害者は、毎回のマスターベーションの際、女性の顔に精液をかけて終わるAVを見ていたんです。中学生からそれを続けていた彼は、初めてできた彼女に同じ行為をしてひどく怒られ、傷ついている彼女を見てびっくりしたといいます。彼はそれが“常識”だと思い込んでいたから、傷つけるとは思わなかったんです。
もちろん、新しい価値観を知り、インストールしてアップデートしていけるのが健全な大人なんでしょうけれど、そういった機会がなければ、刷り込まれたままの価値観で社会に出てしまいます。新しい価値観をインストールする力と、古い価値観をアンインストールする勇気を持ちたいですね。
栗原 「父親や教師も、怒ったときは暴力を振るった」と話すようなDV加害者も、ほかに怒りの表現の選択肢を持てない環境だった場合は多いですね。だから、健全な表現方法を伝えると、みるみる行動が改善していきます。
「虐待は連鎖する」とよく言いますが、被虐者の半数は連鎖しないんです。そういう選択をした人たちが、子どもに手を出すようになるというだけ。だから私は、DV加害者にも「全員が連鎖するわけではない。あなたが選択した結果だ。だから、やめることもできる」と伝えています。
斉藤 それと、まず一次予防としては、性行為や出産のことだけではなく、性を通して人との関わり方や相手の立場を考えることを含めた「包括的性教育」が、最も重要ではないでしょうか。大人になっていくための価値観が育まれる最も敏感な小中高校時代に、性的同意などの話を含め、大人が正しく教育していくことが重要だと思いますし、まず大人たちがこのような価値観を積極的に学ぶ姿勢を示していかなければいけないと考えています。
(有山千春)
■斉藤章佳(さいとう・あきよし)
大船榎本クリニック精神保健福祉部長(精神保健福祉士/社会福祉士)。1979年生まれ。大学卒業後、アジア最大規模といわれる依存症施設「榎本クリニック」にソーシャルワーカーとして、約20年に渡りアルコール依存症を中心にギャンブル・薬物・摂食障害・性犯罪・児童虐待・DV・クレプトマニアなど、さまざまなアディクション問題に携わる。その後、2020年4月から現職。専門は加害者臨床で、現在まで2,000名以上の性犯罪者の治療に関わる。また、都内更生保護施設では長年「酒害・薬害教育プログラム」の講師をつとめている。
■栗原加代美(くりはら・かよみ)
NPO法人女性・人権支援センターステップ理事長。同団体にて、 DV・ストーカー・虐待・加害者更生プログラムの講師を務めながら、被害者の回復プログラム・家族面談・ カップルカウンセリング・テレビ出演、DVやスト ーカー防止のセミナー講師として活動する。