性犯罪者・DV加害者は「排除すればいい」のか? 「孤立が再犯率を上げる」現場の専門家が訴えること
昨今、事件報道の多くを占める、性犯罪や家庭内DV。そのたびに世論は、「去勢をすればいい」「隔離しろ」などと、厳しい加害者排除へ向かうが、現実には難しい。しかし、性犯罪やDVの再犯率は高く、一向に被害者は減らない状況だ。被害者を“増やさないため”、本当に必要なことは、一体なんなのか? その答えの一つとして、加害行動を心理的なアプローチから防ぐ「加害者臨床」と呼ばれるものがある。性犯罪やDVだけでなく、非行やいじめ、児童虐待などの現場でも行われている更生プログラムだ。
痴漢で二度服役したあと、自らクリニックに通い、現在は加害行為をやめられているという50代男性・Oさんに話を聞いた第1・2回に続き、第3・4回は、痴漢やペドフィリア(小児性愛)などの性犯罪加害者の更生・治療に取り組む精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳氏と、DV加害者更生プログラムや被害者支援を行う「NPO法人女性・人権支援センター ステップ」の代表である栗原加代美氏に、性犯罪・DVの現場における「加害者臨床」の意義を聞いた。
■第1回:30年間、電車で痴漢を繰り返してきた――性犯罪“加害者”が語る「逮捕されてもやめられない」理由
■第2回:「女性は痴漢で気持ち良くなる」と信じていた――性犯罪加害者の言葉から、“治療”の在り方を問う
「怒鳴る」「殴る」でしか怒りを表現できないDV加害者
――お二人が、それぞれの分野で「加害者臨床」に携わることになったきっかけを教えてください。
栗原加代美氏(以下、栗原) 私は50代のとき、友人から「DV被害女性たちのシェルターを始めるから助けてほしい」と声をかけられ、この世界に飛び込みました。全国のDVホットラインに被害者から相談が来るのですが、「逃げてください」と伝えても、9割はその場から逃げられません。経済的理由や子どもの存在、夫からの仕返しへの恐怖などで、被害女性たちは我慢してしまうんです。
本当の解決は「加害者に変わってもらうこと」であり、どんなに被害者を守っても、被害者は一生檻の中にいる感覚を持っています。ある更生プログラム参加者は、「加害者はサファリパークを自由に動き回る肉食動物で、被害者はバスに乗ってビクビクしながら身を寄せる客」だと言っていました。加害者の更生プログラムというのは、肉食動物を草食動物にして、被害者が安全に暮らせる環境を作る、というのが一つの考え方なんです。
DV加害者のほとんどは、かつて暴力を振るわれてきた人間です。だからこそ、怒鳴るか殴るしか、怒りの表現方法を知らないんですよね。両親や先生、社会からも「問題があったら力を使えばいい」と教えられてきています。そうした歪んだ考え方が、DVや性犯罪に波及していくのではないかと考え、DV加害者臨床に取り組むことにしました。
斉藤章佳氏(以下、斉藤) 私は、約20年前にアジア最大規模の依存症診療施設である「榎本クリニック」でアルコール依存症の臨床に携わったのが始まりです。彼らと関わると、そこにあらゆる問題が集約されていることがわかりました。それは、多量飲酒で体を壊す健康問題、飲酒運転などの事故、DVや児童虐待、離婚や自殺に発展する家族問題。また、こうしたアルコール関連問題で転職を繰り返す職業問題。そして、飲酒酩酊中に重大な刑事事件に発展する犯罪です。
アルコール関連問題と犯罪の研究では、殺人、強制性交、強制わいせつ、放火、傷害、強盗のいわゆる“六罪種”といわれる犯罪の加害者を対象に「対象行為時、飲酒していたか」を調査したデータがあるのですが、半数以上が飲酒酩酊中だったとのことです。
その後、日本で初めてDV加害者の更生プログラムを始めた「メンタルサービスセンター」の代表・草柳和之さんと出会ったのが16年前、その2年後の2004年に「奈良小1女児殺害事件」(※)が起きました。これをきっかけに、DV加害者臨床をモデルにして、性犯罪の再犯防止プログラムを日本で初めて社会内で行える治療プログラムを立ち上げました。
※2004年11月、奈良県奈良市の小学1年生女子児童が誘拐され、その後、遺体となって見つかった殺人事件。犯人の自宅からは、幼児ポルノビデオが100本近く見つかるなどし、のちに行われた精神鑑定では「小児性愛障害」だと診断されている。裁判では、犯人が幼少期に父親から暴力を受けていたとの証言もあった。
――アルコール依存症と性犯罪とDVの根底は、通じるものがあるということですか?
斉藤 性犯罪加害者の背景には、男尊女卑や女性蔑視、アルコールを含む依存症など、さまざまな問題が複合的に絡み合っています。従って、プログラムの中では「再犯しない」のはもちろんのこと、根強くある「認知の歪み」に焦点を当て、行動変容を根気よくサポートしていくことになります。なお、「認知の歪み」とは、本人にとって都合のいい認知の枠組みのことで、例えば「被害者側に隙があったのが悪い」「相手もそれを望んでいた」といった考え方がこれに当たります。