韓国映画『ロスト・メモリーズ』、歴史改変SFが「公式の歴史」をなぞる……描けなかったアンタッチャブルな領域
植民地支配の時代、多くの抗日運動家が命を惜しまず闘ったのは事実だが、独立の決定打になったのは日本の敗戦にほかならない。それにより、朝鮮は期せずして解放を迎えることになった。それなのに、韓国の独立はすべて抗日運動の帰結として捉えるのは、それこそ都合の良い解釈という改変ではないだろうか。わざわざ「歴史改変もの」の型を借りたにもかかわらず、本作は結局、歴史を多様なレベルで考えさせるなどといった意図など最初から持ち合わせていなかったようである。韓流スターが主演し、日本からも多くのキャストを得て画期的な試みとなるはずだった映画は、製作から18年がたった現在、ほとんど忘れ去られてしまっている。
見終わってふと、伊藤博文暗殺の義挙に隠れてあまり議論されることのない、安重根をめぐる別の歴史に思いをはせた。実は彼は、1894年に農民らが蜂起した「東学農民運動(東学党の乱としても知られる)」では、官軍側の立場から鎮圧に参加していた。また処刑後、安重根の家族が日本の官憲に追われて逃げ続ける不遇な日々を送る中で、日本政府に利用された息子の俊生(ジュンセン)は、伊藤博文の息子に謝罪する事態に追い詰められ、朝鮮の民衆から「民族の裏切り者」と呼ばれた。「伊藤博文を暗殺した英雄」という視点だけでは見えない、安重根をめぐる複層的な歴史もまた存在するのである。
だがそれでも「歴史改変もの」ジャンルが秘める映画的可能性を、私はまだ信じている。とりわけ植民地時代の歴史に対するアンタッチャブルな姿勢の問題点を理解し、そこに大胆な改変を試みる、本ジャンルの新たな傑作が誕生する日を心待ちにしている。まだ理想的な期待かもしれないが、もっと柔軟で多層的な文脈を持つ傑作を、である。
■崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。