皇族ご成婚、禁断の「初夜の営み」をひもとく! 妃殿下の母親が“寝室同伴”で……天皇にイライラ!?【日本のアウト皇室史】
――きれいな“朝チュン”展開ですが、サイ女的にはもっとも肝心のところが省略ですね(笑)。
堀江 やはりソコが知りたいですか。ちなみに平安時代の話であれば、いわゆるロイヤルウェディングの夜……つまり初夜に寝台の上でどういうことが行われたのか、その様子がわりと細かく書かれていたりします。
長和5年(1016)、11歳の後一条天皇と、20歳の藤原威子(藤原道長の愛娘)が結婚しているのです。当時でも異例の年の差婚でした。男性が今でいえば小学校高学年の年齢ですし、実際、二人は幼なじみとまではいかないまでも、面識があったため、よけいに気恥ずかしかったようです。
この頃、天皇が自分の寝台にお妃を呼ばないかぎり、お妃となる女性が彼の横に行くことは許されません。ところが11歳の天皇は恥ずかしいのか、なかなか威子を呼ばないまま時間だけが経過していくのですね。威子の隣に添い寝している道長の妻・倫子と彼女が連れてきていた侍女もイライラしながら「まだか、まだか」と待っているのです。
――いくら愛娘とはいえ、初夜の寝室に新婦の母親が来ちゃってるのは現代の感覚でいうとびっくりです! 新婚旅行に付いてきたがる母親みたいなイメージでしょうか?
堀江 現代人には衝撃ですよね。道長の妻・倫子の侍女が、威子の寝具を天皇の寝台にグイッと引いて近づけたというロコツな記述もありまして(『栄花物語』)、その結果、天皇からお呼びがかかるわけです、が、ここで新婦の母が「初夜の儀式」を完成させるべく動くのですよ。
なんと添い寝する二人に寝具をかけてやるわけです。同時代の西洋の王侯貴族の初夜は、“実事”がなければ完遂されたとはいえなかったので、行為が行われるかどうかを周囲がジッと観察していたりします。ただ、日本はどうやら“実事”の有無に関係なく、寝具をかけてもらった時点で、二人の初夜は完遂されたということになったようですね。
――こちらの儀式は、さすがに20世紀はじめの勢津子妃の初夜には継承されていなかったということですね(笑) 。
堀江 続く伝統、続かない伝統、いろいろなんですね。
――次回は、名実ともに妃殿下となられた勢津子妃、激化する女官とのバトルに迫ります!