老いゆく親と、どう向き合う?

「兄を家族として認められたかも」両親の介護で変わった、生活保護の43歳・兄との関係

2020/08/02 18:00
坂口鈴香(ライター)

ホームのスタッフからの言葉で救われた

「先日、父が家に帰ろうとしてホームから抜け出そうとすることについて担当医に相談しました。すると、先生から『一時帰宅させてみてはどうか』と提案されたんです。先生が父に一時帰宅の話をすると、表情が明るくなったということでした。でも父がいったん帰宅すると、『もうホームに戻らない。家にいる』と言い張るだろうし、大きな声を出して暴れるでしょう。母もそれを懸念しています。一番体調の悪い母が父の一時帰宅を前向きに考えられない限り、実現は難しいと思います」

 ただ中村さんが気にしているのは、博之さんがパニックを起こしてホームに迷惑をかけているんじゃないか、ということだ。隙を見て逃げ出そうとする博之さんを、中村さんが止める責任があるのではないか。そんなプレッシャーがあるのだと明かす。

「そんな思いをあるスタッフにこぼしたら、その方が『ここにいるほとんどの方が帰りたいと言われます。そのたびに声をかけて対応しているので、慣れています。大丈夫ですよ』と言ってくださったんです。ああ、ホームにお任せしていいんだと安心できました」

 ほんのちょっとした言葉で、家族は救われる。

兄は協力できる家族の一員

 さて、中村さんが家族で集まりたいと言ったときに、素直に帰ってきてくれた兄(43)だったが、兄のことは相変わらず中村さんの不安材料になっている。当シリーズ初回の記事で書いたように、一時期引きこもっていた兄は現在生活保護を受けながら、関西で暮らしている。


「頼んだことについては、前向きにはやってくれていますが……。でも、どうも親が亡くなったら、遺産がもらえると思ってあてにしているフシがあるんです。だからこちらに帰ってきたときに、我が家の現状をはっきり伝えたんです。母がネットワークビジネスに大金をつぎ込んで、貯金はほとんど使い果たしていること。父のホームには月に40万円も払っていて、お金が底をついたら家も売らないといけないと考えていること……。兄は生活保護を受けているのを恥じていて、できれば抜けたいとも思っているようですが、生活保護でも自立して生活できていることは立派なことなんだと、伝えました」

 今も兄のことをそんなに好きではない、という中村さんだが、これで兄との距離が少し近づいた気がしている。

「兄のことを、協力できる家族の一員として認めることができたかな」

 大人だ。大人すぎる……。しっかりした妹の役割を果たそうとして、中村さんが自分を追い込まないとよいのだが。

 それは大丈夫、と中村さんは言い切った。


「困ったことがあると、仲間に頼るようにしているんです。一人で考えていても出ないアイデアも出るんです」

 2回目の記事で述べたが、今取り組んでいる東南アジアでのコミュニティづくりのように、日本でも家族以外の仲間に子育てや介護を頼ることのできるコミュニティがあればいいと考えている。

「30代で、親の介護を経験している人はそういません。壁にぶつかってどうにも動けなくなった、私と同じような状況の人とつながりたいと思って、インスタグラムもはじめました。発信するだけじゃなく、自分の記録にもなるし、友達もできる。自分の生活と介護のバランスを取るための手段でもあるんです」

 ありきたりだが、中村さんにとってこの経験は、絶対に糧になる。そして、中村さんに救われる人も、きっといる。誰かのためにがんばった人は、いつか必ず報われる。

 中村さんに平穏な日が訪れますように、と祈らないではいられない。

坂口鈴香(ライター)

坂口鈴香(ライター)

終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終末ライター”。訪問した施設は100か所以上。 20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、 人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

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最終更新:2020/08/02 18:13
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