韓国映画『マルモイ』、「ハングル辞典」誕生までの物語ーー「独自の言葉」を守る意味とは
1940年代、日本統治下の京城(現ソウル)。映画館の仕事をクビになったキム・パンス(ユ・ヘジン)は、息子ドクジン(チョ・ヒョンド)の学費を得るために、他人のカバンを盗もうとして失敗。その後、かつて刑務所でパンスに助けてもらったというチョ先生(キム・ホンパ)の紹介で、雑用係の面接に向かった朝鮮語学会にて、カバンの持ち主であるリュ・ジョンファン(ユン・ゲサン)と再会する。ジョンファンは文字の読めないパンスが学会で働くことに反対するが、ほかのメンバーたちが歓迎したため、パンスがハングルを覚えることを条件に渋々受け入れる。
粗野だが人情に厚いパンスは、ハングルを学ぶなかで「朝鮮語」の大切さを知り、次第に「朝鮮人」としての民族意識にも目覚めていく。だがその一方で戦時下の朝鮮では、朝鮮語の使用を禁止し、日本語を強要する政策が行われており、そんな中でも朝鮮語辞書を作ろうとする朝鮮語学会に対し、朝鮮総督府は弾圧を強めていった……。
日本語強要、「朝鮮への弾圧」が厳しくなった時代
映画の舞台となっている40年代は、あらゆる面で日本による朝鮮への弾圧が強くなった、日本の戦争遂行のための犠牲を強制された時期である。10年の日韓併合に始まる日本の朝鮮支配は、31年の満州事変以降、「内鮮一体」(日本と朝鮮はひとつ!)、「日鮮同祖」
(日本と朝鮮の祖先は同じ!)といったスローガンのもと、朝鮮語の使用禁止、創氏改名といった皇国臣民化や、軍隊への徴兵、労働者の徴用など、兵力や戦争物資の安定した確保のための政策を展開していた。とりわけ太平洋戦争勃発後は、「朝鮮人の日本人化」への動きが一段と強化され、現在韓国ではこの時代を「民族抹殺期」と規定しているほどである。日本人は朝鮮民族の言葉や名前と共に、朝鮮人としての精神までも奪おうとしたのだ。
こうした当時の社会情勢は、例えばパンスが働く映画館で上映されている『朝鮮海峡』(パク・ギチェ監督、1943年)という映画が朝鮮人の志願入隊を題材にしていることや、ドクジンが通う学校での朝鮮語使用禁止、創氏改名の強制などを通して描かれている。パンスの幼い娘が無邪気に日本語を話そうとする姿は、幼子の純粋さが際立つだけに、一層胸が締め付けられる場面である。
本作はそうした民族抹殺の時代を背景に、朝鮮語辞書を作ろうとした33人が逮捕されて拷問を受け、2人の死者が出た42年の「朝鮮語学会事件」をモチーフにしている。
今回のコラムでは、本作が虚実入り混じった作品であることを理解したうえで、どこまでが史実でどこからがフィクションなのかを明らかにしてみたいと思う。そのためには、映画の中心である「朝鮮語学会事件」とはどのような事件だったのか、そして「マルモイ」はどのように生まれたのか、その経緯を紹介していこう。