韓国映画『1987』、大学生の「死」が生んだ市民100万人の“権力”への怒り――歴史的「6月抗争」の背景とは
本作は「6月抗争」までの一連の出来事を、緊張感たっぷりに描き出しているが、特に評価されるべきは、権力側とそれに対抗する民主化運動側の双方における人物を、史実に忠実に描いている点であろう。
出演者の一覧を見ると、主演級の俳優ばかりをぜいたくに起用したように見えるが、たとえ登場時間が短くとも、歴史上の重要人物を演じることに対する意気込みが一人ひとりの演技から漂ってくる。
唯一架空のキャラクターであるヨニは、『タクシー運転手』のマンソプ(ソン・ガンホ)同様に、観客が感情移入しやすい、ごく普通の女子大生として描かれている。労働運動の過程で裏切りに遭い、酒に溺れて死んだ父への想いから、叔父の活動や学生運動に対して冷ややかな態度をとっていた。しかし、叔父の逮捕やハニョルの死をきっかけに、彼女がデモ隊の車両に上り、そこから見た民主化を求める人だかりを映すラストショットには、誰もが思わず目頭を熱くするに違いない。
このように、映画がすべて語り尽くしてくれていると言ってもいい力作なのだが、本作における最大の悪役、パク所長については、もう少しその背景を解説しておきたい。本作では悪の権化である彼こそが映画の支柱となっていることは間違いない。彼は徹底した反共主義者だが、意外にも出自は今の北朝鮮の地域にある。映画の冒頭で彼を「脱北者」と説明する字幕が出るが、この呼び名は94年の金日成主席の死去後に大量発生した北朝鮮からの脱出者を指すことを考えると、正確にはパク所長は「越南者」と位置付けられる。
劇中でも回想されているように、彼はかつて、家族同然の仲だったにもかかわらず、共産主義思想に染まった北朝鮮の人民軍兵士に家族を惨殺された過去がある。47年に韓国へ逃れてからは、その復讐とばかりに対共捜査所で「アカ狩り」の先頭に立ってきたのだった。イ・スンマン、パク・チョンヒ、チョン・ドファンと歴代の大統領に仕えて表彰され、特に拷問で腕を発揮したという彼によって、一体どれだけの人が犠牲となったのだろうか。以前のコラムにも書いたように、韓国での「アカ」は共産主義者だけではなく、「政権に抗う者」を意味しており、不当に存在を消された者の数は計り知れないのだ。
だがそんなパク所長も身を滅ぼす時を迎えた。パク・ジョンチョルの拷問死の疑惑が浮上すると、彼は苦し紛れに「机をバンと叩いたら、ウッと言って死んだ」と言い逃れようとした。新聞の1面に載ったその記事を見て、当時高校3年生だった私でさえもバカバカしいと感じたのを覚えている。この事件で失脚した彼は裁判で有罪となり、2008年に死亡している。映画では、彼の出自や憎しみの背景をきちんと描いた上で、名優キム・ユンソクが北朝鮮訛りでその存在感を見せつけ、見事に映画の中心として機能していた。
余談ではあるが、本作の出演者の中には、実際の事件と深く関わっている人物もいる。パク所長の直属の上司にあたる治安本部長を気弱に演じたウ・ヒョンは、イ・ハニョルと同じ延世大学の出身で、学生運動の仲間でもあった。ハニョルの葬儀で彼の遺影を抱いている若き日のウ・ヒョンを写した写真は、今では歴史の1ページにその姿を刻んでいる。
また、チョン・ドファンの最側近である国家安全企画部部長を演じた俳優ムン・ソングンの父は、民主化運動の指導者として有名なムン・イクファン牧師である。本作のエンドロールでは、運動により命を落とした学生や労働者たちの名前を涙ながらに叫んでいた人物だ。ムンもまた、俳優でありながら進歩派の政治家として活躍した時期もあった。実際には運動側の立場にあった彼らが、映画では権力側の人物を嫌みなほどうまく演じているさまは、俳優としての実力を感じさせると同時に、闘争の内実と権力側の本質をよく知る彼らだからこそだろう。