韓国映画『1987』、大学生の「死」が生んだ市民100万人の“権力”への怒り――歴史的「6月抗争」の背景とは
近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。
『1987、ある闘いの真実』
現在の韓国の政治・社会体制は「87年体制」と呼ばれる。長年にわたる軍事独裁を国民の力で倒し、民主化への土台を勝ち取ったのが1987年であり、その後も試行錯誤を重ねながら着実に民主化を進めて今に至るからだ。以前取り上げた、『タクシー運転手 約束は海を越えて』で見たように、60年代、パク・チョンヒに始まった軍事独裁は、彼の暗殺後もチョン・ドファンによって受け継がれ、国民に重くのしかかっていた。光州事件で幕を開けた80年代は、チョン率いる新軍部との闘いの時代だったと言っても過言ではない。
『1987、ある闘いの真実』(チャン・ジュナン監督、2017)は、80年代を通して続いた軍事独裁との闘いに大きな変化が訪れる1987年を、さまざまな人の立場から描き出した群像劇である。700万人を超える観客たちの共感と支持を得て、日本でも、『タクシー運転手』との連続性の中で、隣国ではこんな歴史が紡がれていたのかと、驚きや感動をもって見られた作品だ。
今回のコラムでは、韓国現代史に「6月抗争」として刻まれたこの歴史的出来事に至る流れを、学生運動を中心に、映画に登場するキャラクターと照らし合わせながら紹介しようと思う。
《物語》
1987年1月、警察の拷問を受けてソウル大学の学生パク・ジョンチョル(ヨ・ジング)が死亡した。証拠を隠滅するために、内務部・対共捜査所のパク所長(キム・ユンソク)は当日中の遺体の火葬許可を検察に要請する。だが当直だったチェ検事(ハ・ジョンウ)はこれを拒否、司法解剖を命令する。ショック死と発表する警察に対し、新聞記者らは解剖を担当した医師との接触に成功し、拷問死であることを突き止めて大々的に報道する。すると対共捜査所や大統領府は、チョ班長(パク・ヘスン)ら一部の部下に罪をかぶせて、事件を収束させようとする。
刑務所に入れられたチョ班長らを通して事件の真相を知った看守ハン・ビョンヨン(ユ・ヘジン)は、収監中の元記者イ・ブヨン(キム・ウィソン)にこっそり事件の真相についての告発文を書かせる。実はビョンヨンは民主化活動に協力しており、指名手配中の運動家キム・ジョンナム(ソル・ギョング)ともつながっていたのだ。姪のヨニ(キム・テリ)を使ってキムに告発文を届けようとするビョンヨンだが、とあることから逮捕されてしまう。キムは辛うじて追っ手から逃げ切り、手紙は司祭に委ねられる。
光州事件の犠牲者追悼式で明かされるパク・ジョンチョル拷問致死事件の真相。パク所長らは逮捕され、学生たちによる独裁打倒のデモがますます激しくなる中、今度はデモ隊に向けられた催涙弾を頭に受け、デモに参加していた学生イ・ハニョル(カン・ドンウォン)が意識不明になる。これにより一般市民の怒りも爆発、独裁打倒と大統領直接選挙への改憲を要求する「6月抗争」が幕を開けるのだった。