認知症の夫に“熟年離婚”つきつけたワケ……「怒鳴られても言い返さない」貞淑な妻の反乱
義兄は転勤が多く、しかもバツイチ独身だ。以前から井波さんは、実質的に義父母の面倒をみるのは自分しかいないと覚悟をしていたという。介護がはじまる前は、義父母と頻繁に会っていたわけではなかったが、関係はずっと良好だった。
「先日も、サ高住のスタッフから『実の娘さんですよね』と言われたくらいです。結婚して25年以上もたつと、まあそんなものですよ」
義父母と夫兄弟の仲も良かった。
「特に義父は子煩悩だったと思います。教育熱心で、厳しいけれど、愛情もたっぷり注いで育てたようです。義母が言うには、夫も義兄も義父に反抗することもなく、大きくなったそうです」
勇三さんは井波さんにも優しかった。井波さんが言うことは、何でも受け入れてくれたという。
「今でも義父と話すのは、私の癒やしになっています。私が面会に行くと、他愛ない話をしてくれて、帰ろうとすると『来てくれてありがとう。また来てね』と言ってくれる。それだけでも、毎回幸せな気持ちになります」
その一方で、勇三さんは茂子さんに対しては、完全な亭主関白だった。
「私と話すときとはまるで別人でした。義母を怒鳴りつける姿も、何度も見ました。義母は、義父がどんなに怒っても、言い返すことは決してありませんでした。でも、心の中では反発していたんだと思うんです」
反旗を翻した義母
井波さんが茂子さんの心中をそう推測するのには、理由がある。サ高住に二人が入居するときのことだ。
「二人部屋があったので、そこに入ってもらおうとしたんですが、義母は頑なに義父との同室を拒んだんです。別室だと料金も割高になるのに、どうしても別室がいいと。そこまで言うならと、同じ階の別室にすることを提案したら、それもイヤだと言うんです」
茂子さんは結局、勇三さんとは別の階に入った。
そのうえ、サ高住に併設されたデイサービスに行くのも、勇三さんと同じ日には行きたくないと言い、それぞれ別の日に利用することになった。
「でも、週に1回だけはなんとか同じ日に利用してもらって、せめてそこで少しでも夫婦の接点を持ってもらうよう、スタッフが努力してくれています」
最晩年の夫婦に起きた、妻の乱――。
茂子さんの心中を理解できるという女性は少なくないのではないだろうか。これも、夫の定年後、退職金をもらってから夫に三行半を突きつける熟年離婚のひとつの形、ともいえるかもしれない。
何十年も我慢するなんて、とても無理と思うか、それと何十年も先にある希望を持って今耐えるのか……。もちろん、逆のパターンもあることも忘れてはなるまい。