風俗スカウトマンで「有名大学の真面目」な彼との同棲――人気ヘルス嬢に芽生えた殺意【世田谷・学習院大学生刺殺事件】
世間を戦慄させた事件の犯人は女だった――。平凡に暮らす姿からは想像できない、ひとりの女による犯行。自己愛、欲望、嫉妬、劣等感――罪に飲み込まれた闇をあぶり出す。
日曜夜の東京都世田谷区。小田急線経堂駅から南に延びる「農大通り」を歩いていた二人。ロングヘアで面長美人の女性は、すらっとした長身に、白いシャツと黒いパンツがよく似合う。男性も身長180センチを超える長身に、ペアルックのごとく白いシャツと、チェックのズボン。駅で待ち合わせをして、これから食事に向かう幸せな若いカップルのように、他人からは見えたことだろう。だが、二人は今日の出来事を楽しげに話すことも、手をつなぐこともなく、無言だった。
たまたまその時間に居合わせ、二人とすれ違った女性が語る。
「女がカバンに手を入れて、何かゴソゴソとやっていました。私が二人とすれ違うときに、男が女に、何か罵るようなことを言ったんです。耳元で言葉を吐き捨てるような感じだった。その直後、二人はいきなりボコボコに殴り合いを始めたんです。女がアンテナのようなものを手にしているのが見えました」
女性が向きを変えて歩き直そうとしたとき、長身の男が叫んだ。
「助けてッ! 助けてッ!!」
慌てて女性が近づくと、男の胸と、一緒に歩いていた女の手が血で真っ赤に染まっていた。男は叫びながら、近くの洋服店に駆け込む。
「血まみれの男がよろめくようにして店内に入ってきたと思ったら、崩れ落ちて膝立ちになり、すぐにうつ伏せに倒れた。あとから来た女は包丁を振りかざし、血相を変えて男の上で馬乗りになった」
アンテナのようなものは包丁だった。女はそのまま、男の背中に包丁を突き立てる。
ザクッ、ザクッ、ザクッ……
血しぶきが店内の洋服に飛び、男の周りにたちまち血だまりが広がり始める。洋服店店主が阿波踊りに使う棍棒を持って駆け寄り、女が持っていた包丁を叩き落とすと一転、女は放心状態になり、
「お母さんに、連絡して……」
そして、ただ泣くのだった。
世田谷・学習院大学生刺殺事件
渋谷典子(仮名・当時26)が、福岡則夫(仮名・当時21)さんをめった刺しにしたのは、1997年10月19日、19時15分過ぎのこと。福岡さんは近くの病院に搬送されたものの、1時間半後に息を引き取った。現場に駆けつけた警察官は典子を殺人未遂の現行犯で逮捕した。のちに彼女は殺人罪で起訴され、東京地裁で懲役10年の判決が確定している。
二人は事件の約1年前に出会い、同棲していた。大学生の福岡さんと、風俗店勤務の典子。出会いは、福岡さんのアルバイトがきっかけだった。
東京・江東区に生まれた福岡さんは国立お茶の水女子大学附属中学学から学習院高等科へ進学。事件が起きたとき、学習院大学文学部哲学科の4年に在学中だった。日本美術史を専攻していた彼の卒論テーマは「日本野球に関する文化論」だったという。
高校時代から硬式野球部に所属するスポーツマンでもあった文武両道の福岡さんが、六本木のキャバクラのスカウトマンを始めたのは、典子に出会う少し前。ボーイとして働いていたキャバクラの店長から「やってみないか」と誘われるまま、いわば軽い気持ちでスカウトのバイトを始めた。ところがこれが抜群に向いていた。