聴覚・知的障害を持つ子どもたちへの性暴力を描いた韓国映画『トガニ』、社会と法律を変えた作品の強さ
この悪行は、一族ではない心ある教師の内部告発によって警察に通報され、校長らは逮捕される。裁判での厳しい刑の言い渡しが見込まれたが、結果は予想を大きく裏切るものだった。主犯格の校長は懲役2年6カ月に執行猶予3年、行政室長は懲役8カ月、教師3人のうち2人は懲役6カ月、残り1人は時効のため無罪と、あまりにも軽い判決だった。学校側と被害者の保護者との間に示談が成立したこと、それまでの地域社会への貢献が評価されたことなどがその理由だったが、本作にも描かれているように、退任して弁護士になった元検事・元裁判官に初弁護で勝たせてあげるという「前官礼遇」の忖度ゆえではないかと一部では疑われた。
判決に猛反発した在校生や市民団体が抗議活動を行ったものの、自治体や教育庁など関係機関の態度は消極的で、その間に加害者はちゃっかり学校に復帰していった。内部告発した教師を解雇し、同調した他の教師らも罷免や停職させるなど、盗人猛々しいことこの上ないが、事件の記憶はすぐに忘れられていったのである。
事件が世間の注目を集めるのは、作家コン・ジヨンによる小説『トガニ』(09)だった。裁判の終結を伝える新聞記事を読んだ彼女は、事件をこのまま闇に葬ってはならないと徹底的に調べ、作品を発表した。正直、小説自体の反響は決して大きくなかったのだが、そこに登場したのが人気俳優のコン・ユである。兵役中に小説を読んで衝撃を受けた彼は、絶対映画化すべきだと自ら本作を企画し、製作にこぎ着けた。そして内容的な問題から年齢制限(R-18)となったにもかかわらず、460万人という観客動員を記録。国民の関心と憤りに火をつけ、韓国社会を変えるきっかけとなったのだ。
映画を見るとわかるように、本作の展開は決して観客にカタルシスを与えない。犯罪が正しく裁かれず、正義が敗北する裁判結果に私たちは納得できないし、主人公のイノでさえ、子どもたちに寄り添うだけで世界を変えるヒーローにはなれない。そんなすっきりしない結末はいうまでもなく、それがその時点での現実を反映しているからである。子どもたちが実際に感じたに違いない恐怖をわかりやすく提示するホラー映画のような前半と、公権力がいかに信頼できないものかを痛感させる後半は、映画的な快楽と消化不良を併せ持つ。また実際にはそうではないのに校長と行政室長を双子の設定にし、一人の俳優が演じることで、族閥経営である学園の体質を一瞬で観客に悟らせる。派手さを求めるのではなく、作品が伝えるべきことを的確に丁寧に表現した本作は、隠蔽と無関心がもたらした11年時点の現実を忠実に描いたからこそ、観客を動かすことができたのだろう。
国民を怒らせたのは、弱い存在である子どもたちへの性暴力だけではない。事件の捜査を怠った警察、加害者にあまりにも軽い判決を下した司法など、本来なら子どもたちを守るべき立場の公権力が、むしろ加害者側に立っていた実態だった。事件の再捜査とやり直し裁判を求める声が一気に高まり、デモはもちろん、大統領府への国民の請願は10万人を超えた。国民の行動が尋常ではない様相を見せていることに驚いた国会・政府は、映画公開後わずか2カ月というこれまでにない早さで、当時の李明博(イ・ミョンバク)大統領の指示による再捜査と、障害者や未成年への性暴力の厳罰化を盛り込んだ特例法の成立が実現した。当事者や市民団体からの訴えには無反応だった公権力を、まさに1本の映画が動かし、新しい法律まで作らせたのだ。