聴覚・知的障害を持つ子どもたちへの性暴力を描いた韓国映画『トガニ』、社会と法律を変えた作品の強さ
近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。
『トガニ 幼き瞳の告発』
1本の映画が社会を変えることは可能だろうか――そんな疑問とともに思い出される作品がある。『トガニ 幼き瞳の告発』(ファン・ドンヒョク監督、2011)だ。聴覚・知的障害を持つ子どもたちが通う特別支援学校で実際に起きた、教職員による生徒たちへの性暴力事件を扱った本作は、韓国社会を大きく揺るがし、事件の結末までをも変えてしまったのだった。現在も韓国で、日本で、そして世界で絶え間なく起きている性犯罪だが、この事件はとりわけ「障害を持つ子ども」=自ら声を上げることができない最も弱い立場にある者への性暴力という点で卑劣極まりないものであった。今回のコラムでは、現実に起こった事件の推移と、映画がそれをどう変えたかを紹介していきたい。
≪物語≫
韓国南部の街・霧津(ムジン)にある聾学校「慈愛学園」に美術教師として赴任したカン・イノ(コン・ユ)は、自分を警戒する生徒たちの態度や、夜中に女子トイレから聞こえる悲鳴など、校内の異様な雰囲気に疑念を抱く。ある日イノは、ヨンドゥ(キム・ヒョンス)、ユリ(チョン・インソ)、ミンス(ペク・スンファン)と彼の弟が、双子である校長と行政室長(チャン・グァンによる二役)、教師らに性的暴力や虐待を受けており、ミンスの弟はそのことが原因で自殺したと知る。イノは彼らを保護し、人権センターで働くソ・ユジン(チョン・ユミ)とともに告発するが、学園と結託した警察や教会団体の妨害に遭ってしまう。
テレビ報道によってようやく校長らは逮捕され、裁判が行われる中でイノらは決定的な証拠にたどり着くも、司法の悪習によって、加害者たちは執行猶予で釈放される結果に。親が知的障害を持つことにつけ込まれて示談にされ、証言すら許されなかったミンスは、自らの手で復讐すると言い残し、家を出る。イノとユジンはミンスを探し回るが、待っていたのはさらに悲惨な現実だった。
以上のあらすじを踏まえつつ、実際の事件の概要をまとめていこう。事件は2000~05年に光州市にある「インファ学校」という聾学校と、この学校の寮「インファ園」で起きた(映画の舞台になっているムジンは別の地名だが、霧深い町として有名なムジンは“真実を覆い隠す”という事件の本質のメタファーとして選ばれたのだろう)。校長をはじめ、行政室長(日本の事務局長にあたる)や教師ら計5人は、聴覚障害を持つ9歳と13歳の少女、7歳と9歳の少年、そして知的障害を持つ18歳の女性に対し、5年間にわたりレイプや性的虐待を繰り返していた。この学校は、校長と行政室長が兄弟、学校施設管理室長や寮長はその親族という、韓国独特のいわゆる「族閥経営」だった。この体制の一番の弊害は、血のつながりを最優先するがために、犯罪だろうがなんだろうがグルになって隠そうとするところにあり、彼らは一族で犯罪を繰り返しながら、それを隠し続けてきたのだ。信心深い教育者のツラをして最低な犯罪を続けてきたことに、今更ながら驚愕を禁じ得ない。