新型コロナ感染拡大で「不妊治療の延期考慮」を推奨――「子どもが欲しい」当事者を悩ませる別の問題も
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、4月1日、日本生殖医学会が、「妊娠中に使える予防薬や治療薬が開発されるまでを目安に、不妊治療の延期考慮を推奨する」との声明を発表。ネット上には、現在不妊治療中の人たちから「1日も早く妊娠したいと思っているのに、延期を考えろだなんて……」「不妊治療のつらさに追い打ちをかけられた」といった悲痛な声が上がっている。未曾有の事態だけに「致し方なし」という感じる半面、やりきれない思いを吐露せざるを得ない人は少なくないようだ。
不妊治療の当事者は、身体的にも精神的にも多くの負担を抱えるものだ。治療自体の身体的なつらさ、一方で、仕事との両立や金銭的な問題、さらに「本当に妊娠できるのか?」という不安が、当事者の心を追い詰めていく。さらには、治療中の人だけでなく、治療を始めるべきかと考えている人も、さまざまな葛藤を抱くという。
サイゾーウーマンでは過去に、不妊治療をするべきか否か思案する人たちの「悩み」に関する記事を配信。近年、話題になることが増えている「セックスレス」という問題を踏まえ、体外受精・不妊治療の専門病院である「六本木レディースクリニック」院長・小山寿美江氏に、「『セックスレスだけど子どもが欲しい』という考えは、間違っているのか?」と聞いた。「不妊治療の延期考慮」という声明が出された今、あらためて不妊治療をめぐる当事者の葛藤に着目すべく、いま一度記事を公開する。
(編集部)
(初出:2018年12月8日)
「セックスレスだけど子どもが欲しい」は間違いなのか? 不妊治療専門病院の医師に聞く
2017年、一般社団法人日本家族計画協会が発表した「男女の生活と意識に関する調査」において、約半数もの夫婦が「セックスレス」という結果が出たことは、世間を大いに驚かせた。夫婦間のセックスには、愛情の確認やコミュニケーション以外に、子作りを目的とするケースがある。ゆえに、少子化問題や人口減少問題と結び付け、“セックスしない日本の夫婦”を否定的に見る向きもあるが、その当事者もまた、子どもを授かりたいという思いを抱きながら、「セックスレスを克服できない」と悩んでいるケースも存在するのだ。
事実、ネットの掲示板などには、「セックスレスだけど妊娠希望」で、「人工授精を考えている」という書き込みが少なくない数確認できる。しかしその半面、「セックスできない相手と子どもをもうけるのは不自然ではないか」「2人でセックスレスを解消するのが先」といった意見を目にすることもある。
セックスレス夫婦の増加傾向に終わりが見えない現在、この「セックスレスだけど子どもが欲しい」という夫婦の悩みや葛藤は、さらに顕著になっていくのではないか。今回、体外受精・不妊治療の専門病院である「六本木レディースクリニック」院長・小山寿美江氏に取材を行い、「『セックスレスだけど子どもが欲しい』という考えは、間違っているのか?」と率直な疑問を投げかけてみた。
――「男女の生活と意識に関する調査」では、47.2%の夫婦がセックスレスと回答したそうです。
小山寿美江氏(以下、小山) 当院に来院される不妊治療希望のカップルには、20代、30代の方も多いのですが、月の性交回数は1~2回という場合が多く、「少ない」と感じます。不妊の原因はセックスをあまりしていないからで、もっと回数を増やせば妊娠するのではないかと思うことがよくあります。
――よく「健康な夫婦が、避妊せずに普通の夫婦生活を営んでも、1年間妊娠しない状態」を不妊症と定義すると聞きますが、月1~2回は“普通じゃない”ということでしょうか?
小山 そのあたりは曖昧にされており、実際に「月何回」という基準はないんです。ただ私は、週1~2回が「普通」なのかなと思っています。なので、妊娠希望のカップルが月1~2回というのは、やはりかなり少ない印象ですね。当院は不妊治療専門病院なので、一般的な産科を受診されているカップルの月の性交回数は知ってみたいとは思います。もし、性交回数が多いのであれば、やはりセックス回数の少なさが不妊症につながっているということなので。
――セックスの回数が少ない、もしくはセックスレスになっている夫婦が多い理由は何だと思いますか?
小山 共働きのカップルが増え、ご主人と奥さんそれぞれの都合で、「セックスのタイミングが合わない」のが一番の理由ではないでしょうか。例えば、ご主人が平日も夜遅くまで仕事をしなければいけなかったり、せっかくの土日も接待でゴルフに行かなくてはならず、なかなかタイミングを合わせられない……といった話はよく耳にしますね。また、単純に共働きで疲れてしまってセックスができないという理由もあると思います。なぜタイミングを合わせてくれないのかと、カップル間で喧嘩になり、よりセックスレスになることもあるのではないでしょうか。それから、昔と違って、いろいろな楽しみがありますし、趣味の選択肢も広がる中で、セックスから関心が遠のいてしまったことも考えられます。
――セックスレス夫婦が増加の一途を辿る中、「セックスレスだけど妊娠希望」という方もいるかと思うのですが、いかがでしょう。
小山 結構いますよ。セックスレスにもいろいろな原因があって、タイミングが合わないというもののほかに、まず、結婚して十年近く年月がたっていてセックスから遠ざかっているケース、また「女性側が痛みを感じてしまう」「男性側が膣内射精障害」といった性交障害があるケースがあります。そういった方々が、「セックスレスだけど妊娠希望」と、来院されています。
――性交障害の方は、まず「治して」から自然に妊娠されることを希望するのではなく、治さないまま、人工授精を希望されるのですか。
小山 いえ、皆さん最初は自然に妊娠することを望んでいます。しかし、“自然なセックスができるように”という指導が、我々の施設ではできないんです。恐らく、そういった役割を担うのはセックスカウンセラーの方だと思うのですが、日本ではあまり見かけないので、人工授精を選択するというわけです。ただ、最初は「ご夫婦でできる努力をしていきましょう」ということで、タイミング法と人工授精を一緒に行うことを提案していきますね。
―― 一方、「タイミングが合わないから」「セックスレスの状態が長かったから」セックスレスになったという方は、自然に妊娠することもできるわけですよね……。
小山 はい。でも、「セックスレスだから人工授精したいです」と、来院されます。セックスレスにはいろいろな理由もありますから、我々も、あまりその点を掘り下げることはありません。「セックスできないのに夫婦と言えるのか?」と感じる方もいるかと思いますが、病院に行くことを選択した方は、そのあたりは割り切っていらっしゃいますよ。「セックスレス」と「夫婦関係が破綻している」のは違う、夫婦はセックスありきの関係ではないと、私は思いますね。実際に、来院されるセックスレス夫婦の方を見ていても、お互い治療に協力的ですし、「仲がいいな」と感じています。
――では先生は、「セックスレスだけど子どもが欲しい」という考えについては……。
小山 別に間違っていないと思います。患者さんに「まずはタイミング法を」とも言っていませんし、人工授精をスムーズに行っています。ゴールは妊娠であり、赤ちゃんを産んで育てること。その過程は、選択してもいいんじゃないかと私は考えますね。
「セックスレスだけど子どもが欲しい」と思うことに後ろめたさを感じるのは、「自然妊娠が一番いい」という思い込みが強いからなのではないでしょうか。患者さんの中には、現状セックスレスだけど、それを解消して自然妊娠をしたいという方もいらっしゃるんですよ。でもやっぱり、毎月タイミング法でセックスしなければいけないことが負担になり、ご夫婦の仲が悪くなってしまうケースもあります。長々と自然妊娠にこだわって年齢を重ね、結果、妊娠できなくなることこそ、避けなければいけないと思いますね。
――自然妊娠信仰というのがあるのですね。
小山 日本人って、何かと“自然”が好き。例えば分娩方法もそうです。最近でこそ、無痛分娩はポピュラーになってきましたが、少し前までは「痛みを味わってこそ母の資格を得られる」などと言われていました。海外では無痛分娩、帝王切開が主流なのですが……。無痛分娩は、自然分娩より体への負担がかからないので楽だからおススメですし、私自身「痛みを感じなければいけない理由があるのかな」とも思います。もちろん、積極的に自然分娩を選択する方はそれでいいと思いますが、ほかにも選択肢があることは知ってもいいのかなと。また、体外受精においても、排卵誘発剤を使用しないで採卵する「自然周期」がはやっているのも、“自然”が好きな日本らしい側面です。海外ではそんなことはないんですよ。
――「セックスレスだけど子どもが欲しい」ことに葛藤を覚えてしまうのは、古い価値観にとらわれている証拠なのだと実感しました。
小山 不妊や性感染症など、日本は性に関する情報が遅れていますよね。共働き夫婦が増え、専業主婦の女性が減少し、以前に比べて生活スタイルはいっぺんしています。妊娠の仕方も、そういった変化に沿うべき。多様な選択肢があることを知ってほしいですね。
小山寿美江(こやま・すみえ)
六本木レディースクリニック院長。琉球大学医学部医学科卒業後、東京医科大学病院救急救命センター、昭和大学病院産婦人科、木場公園クリニック分院にて院長として勤務。その後、2016年より六本木レディースクリニックにて勤務、17年1月より院長を務める。